第6回事業承継セミナー報告書
第6回事業承継セミナー(2019年11月26日)
2019年11月26日(火曜)19時より、第6回事業承継セミナーを法政大学学院において開催した。これまでは、実際に事業承継をする後継者の方や事業承継の分析に携わる研究者やコンサルタントによる講演を行ってきたが、本日は積極的に事業承継を支援されている専門家の方による講演である。
第6回事業承継セミナーの概要
未来をつなぐ事業承継 ~次世代経営者から見た事業承継の進め方~
(ミライWOつなぐ経営研究所 代表 魚路剛司)
“経営者、後継者、従業員とその家族、取引先…
中小企業を取り巻く全ての方のミライのために”
中小企業は、厳しい状況に置かれている。私自身の伴走型支援を通して、少しでもそんな中小企業の役に立ちたい…そんな思いを屋号の“ミライ”と“つなぐ”に込めた。
プロフィール
大学卒業後、千葉県の京葉銀行で営業店や本部にバランスよく配属され業務に従事してきた。直近4年は、法人営業部で法人取引先に対し、創業、経営改善、事業承継、M&Aなどに関し年間150件の相談案件に対応してきた。その内、7割が事業承継に関するものであった。
平成30年より、国が予算を付けて支援しているプッシュ型事業承継支援高度化事業に参画している。また、東京都事業承継促進事業専門家、中小機構事業承継コーディネータ、事業承継セミナーや金融機関研修の講師として、経営改善支援にも従事している。
千葉県中小企業診断士協会事業承継研究会の代表も務めている。
データで見る事業承継の現状と課題
1999年から2014年までの15年間で、国内企業数は484万社から381万社に約100万者減少した。減少が著しかったのは小規模事業者で、423万者から325万者に減少した。2016年から2018年の間も20万社減少した。
中小企業経営者の年齢は、2015年時点では66歳でピークを迎えていた。2018年にはこれが69歳まで更に高齢化が進んだ。また、2025年までに経営者が70歳を超える中小企業は悪245万者となるが、その約半分の127万社が後継者未定の廃業予備軍となる。こうした廃業の影響を受け、2025年までに約650万人の雇用と約22兆円のGDPが失われる。
経営者の高齢化は、地方の方がより深刻で、秋田県では66.7%が60歳以上である。また、東京の大学に進学した後継者候補がそのまま都内で就職して戻ってこないといった事情もある。
そんな中政府も、プロフェッショナル人材支援戦略(内閣府)や地域おこし協力隊(総務省)などの施策を打っている。各都道府県でも、事業引継ぎ支援センターの後継者バンクを用いて廃業する企業と起業者とのマッチングを行う動きが出てきている。
事業承継には、親族内承継、社内承継、第三者承継及びM&A、の3形態が挙げられる。以前は親族内承継がほとんどであったが、最近は社内承継、第三者承継及びMAが増加傾向にある。
経営者が交代し若年化した企業の方が事業拡大などに意欲的であり、売上や投資額が増加する傾向がある。経営者が高齢化すると保守的になりリスクを取りたがらない。経営者交代により、経常利益が2.13ポイント増加しているとのデータもある。
60歳以上の経営者のうち、50%超が廃業を予定している。そのうち30%近くが後継者不在をその理由として挙げている。廃業予定者の内訳は、法人経営者が3割、個人事業者が7割であった。
事業承継への準備状況については、60歳代、70歳代、80歳代の経営者のうち既に始めている割合はどの年代でも過半数に届いておらず、準備が進んでいない現状が見て取れる。既に始めた経営者であっても、内容を見ると「後継者を決定する」の56.0%以外の項目では全て過半数を割っており、60歳までに準備を始めて欲しい国としては忸怩たる思いであろう。
国の施策
平成28年12月、事業承継ガイドラインが10年ぶりに改正された。経営者の高齢化に伴う技術・ノウハウ喪失のリスクを背景に、事業承継の円滑化による中小企業の技術・ノウハウ受継ぎと活性化が目的である。ガイドラインの記載としては珍しく、「60歳を着手の目安」と年齢を明記している。具体的には以下の3つのスキームを示している。
・取組の内容:特に“必要性の認識”が重要である。事業承継の重要性に気付いていない経営者が多い。
・取組の促進ツール:“必要性の認識”のため、対話を促進する。
・取組の促進体制:承継支援のため、都道府県でネットワーク化を進める。
平成29年度:事業承継ネットワーク構築事業
事業承継支援では初めて予算化された。
事業承継について高い認識を持っている地方の経営者もいれば、認識の低い経営者もいる。前者は事業承継の重要性や自社の課題を理解しており自分で行動する。後者については、商工会、金融機関、専門家など「かかりつけ医」が窓口となって気付かせる必要がある。その上で「専門医」に引き継ぐ。
東京都も、2019年7月より独自の支援を開始した。都内44金融機関の顧客限定ではあるが、事業承継に課題を抱える企業の相談を受けてその課題解決に専門家派遣などを通して対応にあたる。
平成30年度及び31年度;プッシュ型事業承継支援高度化事業
事業承継ネットワーク構築事業では、「かかりつけ医」が地元の経営者に事業承継の重要性の気付きを与える役割を果たしたが、そこから個者支援には結び付かなかった。責任者として事業承継コーディネータがいたが、これに協力する形で東京都を除く各道府県にブロックコーディネータと地域責任者として配属した。金融機関や商工会を通して事業承継を能動的にプッシュしていくためである。
事業承継支援策の全体像としては、中小企業を「後継者が決まっている企業」(全体の41.6%)と「後継者が決まっていない企業」(同58.4%)とに大別している。その上で以下のような対応策を示している。
- 後継者が決まっている企業に対する対応策
・法人の事業承継税制の拡充
・個人版事業承継税制の創設
- 後継者が決まっていない企業に対する対応策
・気づきの機会の提供
・マッチングの支援:国はここを重視している。廃業率が伸びると、地域産業が困る。廃業予定の企業と、起業や創業を目指す人やM&A事業者とをマッチングする。
また、事業承継後の企業のチャレンジを支援するため、承継後に新しい製品やサービスの開発を試みる企業に国が補助金を出している。この事業承継補助金は、採択率が約7割と高確率である。
事業承継とは
- 事業承継の全体像
事業承継とは:経営面及び財産面で、後継者に円満に事業を引き渡すこと
・経営の承継:
後継者:最も重要(=後継者がいなければ、事業承継は先に進まない)。これに、いつ、どのように承継するかという要素が加わる。後継者教育も必要。
経営資源:物的資産、知的資産を如何に後継者に引き継ぐか。小規模事業者は、決算書ベースでは強みが見つけづらい。知的資産の中に何かいいところがあるので、それを支援機関が見出してあげる。
・財産の承継:自社株式、事業用資産
・その他、相続対策:前さばきにおいて大切
- 事業承継支援の3つのキーワード:気づき、覚悟、対話
・気づき
経営者自身が事業承継の重要性に気づいていないが、周囲が気づいている場合がある。
例えば、地域に一件しかないスーパーを経営者が廃業すると、周囲が買い物に困ることになり、そこで重要性に気付く。
・覚悟:経営者と後継者双方の覚悟が大切。準備も大切。
・対話:経営者と後継者双方、親子間、後継者との対話。この対話がないことが多い。
[例]ある会社では、経理担当(母)が経営者(父)と専務(長男)との連絡の間に入る。両者は近くにいるにも関わらず直接コミュニケーションを取ろうとはしない。経営者の配偶者や母親が重要な立ち位置にいて、潤滑油の役割を果たすことで事業承継がうまくいっている場合もある。
- 事業承継の進め方
コンサルティング手法と同様の流れである。現状から課題を確認した上で、それに対する対策を講じ、事業承継を実行していく。
5つのステップにおいては、まずは必要性の認識(ステップ1)である。ここでは、ヒアリングシートなどを活用しながら、対話を通して事業承継の必要性に気付かせるよう支援をする。次に、経営の状況や課題の把握(ステップ2)であるが、このあたりが大変重要になる。SWOT分析を通して状況や課題の見える化を行おうとしても、経営者自身が自社の強みを意識しておらず、明確に答えられないこともある。そこで、支援者がヒアリングを通して強みを聞き出していく。
経営の承継(後継者)
これまで事業承継に積極的ではなかった経営者に、やる気スイッチが入るとき:
1)自分の年齢を意識したとき:経営者の平均年齢のデータを意図的に見せて、意識させる…
2)知り合いの経営者が事業承継をしたとき:自分より若い経営者なのに、後継者に引き継いだ…
3)入院や手術などで健康面に不安を感じたとき:元気なうちに承継した方がよい…
4)後継者の有無を取引先から尋ねられたとき:製造業では分業型体制をしいていることも多く、各事業者が連鎖している必要がある。連鎖が止まるとサプライチェーンが崩壊する。発注元の企業が製造業者数社の連携により製品製造をしている場合、各社の後継者の有無を意識している。
- 事業承継の3つの柱:だれに、いつ、どのように
・だれに:これが決まらないと事業承継が先に進まない。現経営者の大きな仕事!
1)親族
2)役員・従業員
3)第三者・M&A
4)その他(廃業)
経営者が60歳代の企業のうち32.0%が、後継者が決まっていない。一方、後継者が決まっている企業は41.1%、予定者がいる企業は25.0%であり、併せて67.1%であった。これら後継者候補がいる場合でも、17.1%が特定の後継者を決めているものの本人には伝えていない。つまり対策としては不十分である。(データ:中小機構『中小企業経営者のための事業承継対策』)
このような経営者は、「伝えてはいないが、多分大丈夫だ」と言うことが往々にしてある。この「多分」や「きっと」は要注意である。まずは、後継者候補と対話の機会を持ってもらう必要がある。それによって、承継の意思がないことが確認されることもある。理由の例を挙げれば、「父(創業者)が育てた従業員を、後継社長としてまとめていく自信がない」などがある。このような場合でも、早期に後継候補者と相談していれば、後継者候補が引き継ぎたいと思える会社にすることができたかもしれない。
親族間承継においては、後継者になる資質がないものが後継者になることのリスクや、親族間の争いが発生することなどが、デメリットとして挙げられる。
役員や従業員が後継者の場合、株式取得資金や個人保証など資金面で抵抗感があることがデメリットである。
事業承継に失敗している経営者の共通点は、気付き、覚悟、対話の3つが不足している。成功している経営者は、これら3要素を兼ね備えている。
・いつ、どのように
いつ、どのように事業承継を行うかを見える化するため、事業承継計画書を作成する。作成のポイントは、後継者と経営者に作成してもらい、支援者はチェック役に徹することである。後継者と経営者が協力して計画書を作成することで、親子間の対話も醸成される。
経営の承継(経営資源)
事業承継支援の対象企業は、自社課題に気付いている「顕在化した」企業と、気付いていない「潜在的な」企業の軸で論じることができる。一方、財務面から資産超過(業績良好)な企業債務超過(業績不良)の軸でも表せる。後者の軸に基づくと、金融機関などの支援は資産超過の企業に偏っている。本当に支援が必要なのは、純資産額の低い小規模事業者であり、純資産額の高い企業に対する比率は、9倍にも上がる。
ところが、セミナーを開催しても参加するのは「顕在化した」の象限にいる経営者ばかりであり、「潜在的な」経営者が参加することは極めて稀である。国としても、このような経営者にこそ参加してもらい、「潜在的な」から「顕在化した」に意識改革をして欲しいと考えている。
中小企業診断士を含む「かかりつけ医」は、小規模事業者や経営改善先の経営者支援を対象とすべきである。資産超過企業の支援は、弁護士や税理士などが行っている。実際の経営支援では、経営改善計画とアクションプランを作成する。対象の経営者が60歳以上であると、事業承継が関連することが多い。長年メインバンクとして取引のある金融機関の担当者にも特にそうした相談が持ち込まれていることは少なく、積極的な支援が望ましいところではある。
・知的資産
技術、ノウハウ、組織力、ネットワーク、経営理念などの知的資産は、企業競争力の源泉である。経産省による知的資産は、人的資産、構造資産、関係資産(仕入先・販売先・金融機関)である。これ以外に、顧客や技術などの情報資産も企業活動に重要な役割を果たすとの見解もある。また、風土、伝統、礼儀作法などの風土資産や経営理念などの理念資産も重要である。
企業の売上や利益向上には、顧客への価値提供が重要である。顧客から選ばれるには、それなりの価値、知的資産が存在する。このような話を経営者に改めてすると、自社の強みに気付いてくれる。提供価値向上のためにできることには、「顧客のニーズの変化に合わせて提供価値を変える」、「価値を伝え続ける」、「事業デューデリを行う」、「自社の強みを再発見する」などが含まれる。
財産の承継(自社株式)
株主名簿や確定申告書の別表2で株主構成とそれぞれの持ち分比率を確認する。経営者は、2/3の持ち分があれば議決権などで有利になる。出資した友人など第三者株主の持ち分は、死亡などにより親族に承継されたりすると、株主の存在が見えなくなる。平成2年の商法改正前は、株式会社設立のために発起人が最低7名必要であった。そのため、名前だけの名義株主が存在する。株主総会の特別決議で2/3の承認があれば、法定相続人への売り渡し請求を規定することができる。その場合、法定相続人から所有株式を1年以内に売り渡してもらう権利が発生する。このように、株式が分散するリスクをヘッジすることも可能である。
自社株式
毎期順調に利益を出している企業であれば、純資産額も増加する。連動して、自社株価格も増加する。
事業承継においては、現状を把握し、課題を出し、対策を講じる。この流れの中で考慮される“承継財産の価値を下げて後継者の金銭的負担を軽減するために行う株価対策”は後回しにすべきである。理由の一つは、株価を下げる方法はいかようにでもなるので、急を要さないためである。もう一つは、後継者を先に決定することが望ましいためである。仮に株価を下げた後に後継者候補がやはり承継しないとなったら、M&Aなどに依拠する必要が出てくる。事業承継のためなら下げた方が有利な株価も、M&Aでは上げることで資産価値算定でが有利に運ぶ。そのため、後継者候補に承継の意思確認をすることが先決事項となる。
財産の承継(事業用資産・相続対策)
事業に供している個人資産を有する経営者は多い。工場・底地共に個人資産であったり、本社の底地が個人資産であったり、形態は様々である。事業用資産は、後継者に移す必要がある。後継者に渡せるようにするため、対策としてまずは親族図を作成する。
・タテの争い(現経営者と後継者候補(子)との間):
子の成長に伴い、親子間の対話がなくなってくる。
・ヨコの争い(後継者とそれ以外の相続人(後継者の兄弟姉妹)との間):
事業用資産があるために後継者が資産を多めに相続すると、不公平感が出てくる。所有する自社株を渡してもらえずに株式が分散するなどの弊害もある。更には、社屋のある底地を共有財産にするなど、好ましくない結末を迎えることもある。
承継者よりも長女が年上の場合、もめごとに発展することが多い。影の支配人(配偶者)が余計な入れ知恵をすることも、もめる一因である。また、兄弟間の関係性が近いのか疎遠なのか、遺留分をどうするかなど、憂慮すべき点は多い。