第3回事業承継セミナー報告書

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第3回事業承継セミナー報告書

 

第3回事業承継セミナー(2018年12月4日)

2018年12月4日19時より、第3回事業承継セミナーを法政大学学院において開催した。本セミナーの特色は、事業承継を経験している企業の話を聞けること、それを承継させる現経営者ではなく承継する後継者側の立場から聞けることである。

 

第3回事業承継セミナーの概要

 

第二創業に向けた3年間の取り組み

(パーソナルベスト株式会社 代表取締役社長 東隆志)

 

事業承継までの3年間、好きなことをして良いよ…

先代である父は言った。

 

パーソナルベスト株式会社は、従来からの家業であった不動産賃貸及び管理業、東社長が行う経営コンサルティング事業、奥様が行うデザイン事業の3つの事業を営む、2018年9月設立のファミリー企業である。

家業の歴史は、昭和38年に祖父が創業した東工業所に遡る。その後、昭和44年に精密機器の部品製造を手掛ける東工業株式会社を経て、昭和58年には吉祥寺にビルを建設すると共に新たに東栄産業株式会社を設立して不動産賃貸・管理業に乗り出した。その後製造業の空洞化で工場は衰退、不動産業に特化した経営を行ってきた。その間、祖父から父へと経営が引き継がれ、東社長は父である先代の下で3年間修業をした後に事業承継を果たした。

東社長は、中堅のIT企業でシステムやネットワーク関連の営業に19年間従事してきた。その間2011年に配偶者を得るも、特に家業を承継する心構えなど意識しないままサララーマンを続けていた。ところが、長男の誕生が転機となり、人生の歯車が大きく動き出す。先代である父は、長男(東社長)に後継ぎができたことを大変喜び、これを機に「そろそろ家業を手伝わないか?」と東社長に申し出た。2015年のことであった。

 

後継者としての歩み

 

2015年4月より、父の下で修業する日々が始まった。とはいっても、実家の隣のアパートに机と応接セットがあるだけの状況で、手探りの中での転職であった。実際始めてはみたが、不動産経営に関しては全く知識がなく、工場経営からスタートした父もさほど造形が深いわけではなかった。

そこで、まず地元の信用金庫が主催する後継者塾に参加した。全12回の講義を通して、見識を広げることができた。更に、宅地建物取引士の資格を取得し、確実に専門知識を付けていった。2016年に入り、中小企業診断士を受験し、見事合格した。中小企業診断士がコンサルティングを業とする上で有用な資格であることから、更に実践的なコンサルティングを学ぼうと決意し、2017年4月から中小企業診断士の養成課程を持つ法政大学大学院イノベーションマネジメント研究科で1年間学び、MBAを取得した。

家業である不動産経営事業の承継が背景にあるとはいえ、このように自由に学ぶ環境を得られたのは、一重に父の理解によるところが大きい。家業への転職を機に、父からは東社長が後継者になることを明確に伝えられてきた。一方で、事業承継時期を明確に定め、「今後3年間は好きなことをして良い」と告げられた。

 

不動産賃貸業について

 

パーソナルベスト株式会社の主たる事業である不動産賃貸業とはどのようなものか。不動産そのものは日常生活には欠かせない存在であるが、生業としての不動産となると一般にはあまり馴染みがないので、不動産業の現状を含めて説明する。

不動産に関する事業(不動産業)は、大きく4つの業態に分けられる。いわゆるデベロッパーと言われるような建物・土地の売買業、一般的な不動産業としてのイメージが強い不動産代理業・仲介業、手続や清掃などを業とする不動産管理業、そしてパーソナルベスト株式会社のような賃貸業である。不動産業全体に対する事業所数の構成比は、順に4.5%、14.0%、14.8%、57.8%との統計(*1)もあり、不動産賃貸業が特出している。

一方で、不動産賃貸業におけるビルオーナーに関する調査結果(*2)によれば、33.9%が60歳代、27.2%が70歳代と、高齢者が目立つ。また、所有する賃貸不動産数に着眼すると1件或いは2件のみ保有しているオーナーが多く、不動産賃貸に関する知識が豊富なオーナーが少ないと考えられる。

賃貸不動産をオフィスビルについて、更にビルの規模別(中小ビル及び大規模ビル)ごとに環境調査を行った結果(*3)によれば、オフィスビル全体に対する中小規模のビルの割合は90%にものぼる。その多くがバブル経済期に供給されたものであり、老朽化が進んでいると考えられる。一方で、大規模ビルの供給は大量に供給されている。オリンピック景気などにも後押しされる形で大規模ビルの開発が進んでいるためと考えられるが、これは賃料の低下傾向と相まって中小ビルの経営環境悪化の原因となっている。

 

先代と後継者のコミュニケーション・ギャップ

 

先代は、大学でボクシング部に所属していた体育会系の番長タイプ。承継までの3年間、東社長の活動には理解を示してきた半面、コミュニケーションにおいては苦労させられた。先代の話は経験や勘に基づくものが多く、一見非合理的に思えた。東社長が論理的に説明しようとすると「屁理屈」と一蹴に付されてしまった。

東社長は、自らの体験を含め、親子間の事業承継でコミュニケーションが難しい理由を、現経営者と後継者の特徴を比較し以下のように分析する。まずお互いの接し方、態度であるが、現経営者は指示的になりがちである。一方後継者は反抗的になりがちである。会社の上司と部下ではありえない親子ならではの微妙な距離感がコミュニケーションを難しくしている。その他にも、知識面では現経営者が実践から学ぼうとするのに対し、後継者はネットから情報を得て体系的に学習することを好む。思考も、前者が過去の実績や経験に基づいているのに対し、後者は未来志向で考える。会社の現状に関する認識も、前者が「自分が築いてきた」との認識が強い反面、後者は「改善していきたい」との意欲が強い。こうしたギャップのため、話し合いが言い合いになってしまいコミュニケーションが難しいと感じる。

 

事業承継の実施

 

3年の準備期間を経て、2018年9月めでたく事業を引き継ぐこととなる。事業承継を機に、パーソナルベスト株式会社を新設し自らが中小企業診断士やMBAの取得で得た知見を活かしたて営む経営コンサルタント業や、愛妻の営むデザイン業を新たに事業内容に加えた。

会社を新設したことで、事業資産の贈与を回避し売買契約とすることで贈与税などの外部への資金流出を低く抑えることができた。また、相続時に発生するような親族間のもめごとも問題とならない。更に、新設会社であるため2年間の消費税免除が適用される。

事業承継に際して活用した仕組みそのものは極めてシンプルである。非承継会社の東栄産業株式会社からパーソナルベスト株式会社が事業用不動産を売買契約に基づいて買い取り、対価を支払う。この対価を今後10年間かけて東栄産業株式会社に支払っていく。これにより、新設会社は銀行からの借入に頼らず無理のない返済が可能になった。また、返済金には一定の利息がかかるものの、銀行の設定するような高い利息も回避できた。

ここで、一点注意すべきことがある。このようなスキームが活用できた背景には、従業員が親族1名(妻)のみという自社の環境が大きく影響している、ということだ。もし東栄産業株式会社が従業者を何人も雇っていたなら、その転籍に伴う手続きなどのコストがかかり、享受できるベネフィットがかなり限定的になっていたと考えられるためである。

 

事業承継のポイント

 

最後に、東社長の考える事業承継のポイントを紹介する。それは、以下の4点に集約される。

1. 現経営者がどうしたいかを決める。

2. 後継者はスキルを磨く。

3. 事業承継プロジェクトを結成する。

4. 事業承継したら、先代経営者は経営に口を出さない。

1点目のポイントは、更に以下の項目に分けられる。

(1. 事業承継をポジティブに捉える:早い時期から承継を進め、生活の不安などから解放される。

(2. いつ事業承継をするかを決める:最低3年、できれば5年の計画を立てる。

(3. どのように後継者を決定するかを決めておく:例えば、「一番貢献した者を後継者とする」と定め、その貢献度の評価方法の透明性を高めておく。

(4. ステークホルダーに周知する:これにより、後継者が周囲に受け入れられやすい環境を作る。

2点目のポイントについては、MBAなどの資格を取得したり、学びを通して人脈やネットワークを構築したりすることが挙げられる。ネットワークに関していえば、後継者同士が悩みを共有し合うことでお互いの心の支えになることも重要である。また、スキルアップに関する計画や成果は現経営者と共有することが好ましい。

3点目のポイントについては、労務や税務などの専門家の支援を必要に応じて受ける、中立的な第三者を参画させる、最終段階では後継者をプロジェクトリーダーにして事業承継を終える、などが重要な要素となる。

最後に4点目のポイントであるが、先代経営者が口を出すことで権力の二重構造が生じてしまう。仮に、後継者のスキルに不安が残るなどの理由で、経営に影響力を留保したい場合、所有と経営の分離や黄金株の活用などを通し、経営に「ノー」と言えるようにしておく必要がある。

 

最後に

 

事業承継では経営に関する全てのスキルが必要になると言って過言ではない。組織の代表者が交代することにより、その組織の強みや弱み、経営課題などの特徴が表出する時期であるということができる。事業承継で悩んでいる人は是非、このファミリービジネス研究部会をはじめ、専門家などの意見も取り入れて進めて頂きたい。

参考:

*1:不動産流通センター「2018不動産統計集」

*2:ザイマックス研究所「ビルオーナーの実態調査」

*3:ザイマックス研究所「【東京23区】オフィス新規供給量2018・オフィスピラミッド2018」

 

 

リスク管理の視点から見る事業承継

(法政大学大学院特任講師・中小企業診断士 栗原浩一)

 

事業承継を円滑に進めるために

 

事業承継は、早い段階から計画的に進めることが重要である。それにより、過程で起こる様々な問題やトラブルに対し余裕をもって対策を講じることができる。特に親族承継を前提とする場合、相続・贈与など親族間の利害関係も考慮すべき要因であり、早期かつ計画的な承継が殊更望まれる。

非承継企業の事業や承継資産を「見える化」し、「磨き上げ」を施すことも、併せて事業承継の重要な要因である。2017年版中小企業白書において、中小企業庁も「見える化」による経営状況・経営課題の把握と「磨き上げ」による事業承継に向けが経営改善の2つのステップについて言及している。

更に、早期かつ計画的な事業承継を進め、事業や承継資産の「見える化」や「磨き上げ」を行うためには、関係当事者の協力は欠かせない。社内外のステークホルダーを巻き込んで、皆が直接的・間接的当事者として協力しながら共に事業承継を進めていく体制を作ることが理想的である。

 

リスク管理の視点

 

リスク管理を、起こり得る危機的状況に備えて対策を講じることと捉えるならば、その対策は危機的状況が起こった際のものと危機的状況そのものを事前に防ぐことに大別できる。事業承継は、必ずしも危機的状況とは言えないものの、現経営者個人への依存度の高い事業要素を会社が抱えているなど、そのまま放置し続ければ事業承継時にトラブルになりそうなリスクは内包している。そうしたリスクを認識し事業や承継資産の「見える化」やそれに伴う事業の「磨き上げ」をしながら事業承継を進めることは大変有意義である。

実際に事前に対応策をとることが有効な事象とは、発生頻度は低いものの、一度発生すれば大きな影響(損害)がもたらされる事象である。上記の事業承継における要素にも共通するカテゴリであり、このカテゴリを中心に対策を講じることを特にBusiness Continuity Planning (BCP)と呼ぶ。実際、事業承継は頻繁に起こることではなく、失敗すれば廃業や倒産が待っているためその影響も大きい。

一般的にBCPの対象とされる自然災害やサイバー攻撃は、いつ起こるか分からず、それでいて誰が被害当事者になるかも分からない。一方事業承継は、経営者自身の意思で時期が決められ、自らが当事者であることは明らかである。

こうした観点から、事業承継を進めるにあたっては、経営者自身が高い意識をもって計画的に準備し、右腕経営者の育成や社員教育を通した全員参加型経営を目指すなどの対策を講じていくことが重要であると考える。

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