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連載 第4回 用途の目利き

イノベーション戦略と新規事業創出

前回は、イノベーション創出までのリスクについて解説しましたが、今回は用途の目利きについて実例を交えながら説明します。

イノベーション戦略と新規事業創出(第4回) 玄場公規

用途を見出すことの革新性

技術開発への投資を行ったとしても、全ての技術開発プロジェクトが成功する訳ではない。むしろ、当初目標とした成果が計画通りに得られないことの方が多いのではないだろうか。

イノベーション戦略としては、技術開発の着手から、新しい製品・サービスが実現するまでのリードタイムのマネジメントが重要な課題となる。この点、マネジメントを適切に行うためには、研究開発の投資額、成功の時期、そして売上高・収益を予測し、定量データに基づいた判断が可能であることが望ましいとも考えられる。ただし、全ての研究開発プロジェクトが定量化により、判断が可能とは限らない。長期的な視野に立ったリスクの高い研究開発などは定量化が困難であり、最終的には、投資判断を行う経営者の決断に依拠せざるを得ない部分が残る。逆に言えば、イノベーションを起こすイノベーターは投資を決断してくれる投資家あるいは経営者を説得するだけの道筋を明確に示すことが求められる。

ただし、そもそも、技術の用途が漠然と想定されていても、未だ市場化がなされていないような画期的な発明においては、相応のリードタイムがあると考える方が自然である。児玉は、ラジオの発明から社会に普及に至る過程を例にとり、急進的な技術の発明があったとしても、新産業は自然発生的に創出されないと主張している(児玉 2007)。すなわち、技術の発見も重要であるが、イノベーションの実現においては、その技術の本当の「利用」が見出され、技術の利用の「体系化」がなされることの方が重要である。

児玉が事例として引用されたラジオは、その典型例である。ラジオの歴史は、19世紀終わりに無線技術を用いて音声を伝達するという「技術の発見」から始まった。しかし、その当初の利用方法は、有線電話の代替としての無線電話であり、1対1の通話が想定されていた。つまり、現在のラジオのような真の「利用形態」は見出されていなかったのである。その後、1対多数の通信という現在の「利用形態」が見出され、最終的に、現在の商業ラジオという利用の体系化がなされたのは、技術の発見から20年以上の月日を費やしたという(水越 1993)。

ラジオの事例のように、技術そのものよりも、利用形態が従来とは大きく異なる、あるいは、全く新しい画期的なイノベーションであれば、リードタイムは長くならざるを得ない。また、その成功の可能性は、事前に予想していたよりも決して高いものではなく、投資に対する収益が見通すことが困難である。そのため、短期的な収益を求める経営者にとって、リードタイムの長い技術開発への投資を回避する傾向があるのは当然とも言える。

もちろん、その一方で、全ての技術開発プロジェクトを成功するまで、中断しないという経営判断も不可能である。技術開発も投資であるため、限られた企業資源の中から効率的に配分する必要がある。見通しが立たない長期的な視野のプロジェクトに対して、その投資を継続するか否かは、技術開発を行っている企業の経営者が必ず直面する経営課題であると言える。

一般的には、「技術の目利き」がイノベーションに重要であると言われている。しかし、以上の議論を踏まえると、イノベーターには、長期的視野に立って、画期的な技術の用途を見出し、投資に見合った利益が得られるビジネスモデルを構築できる能力が不可欠である。すなわち、技術の目利きというよりも、技術の「用途の目利き」が重要であると言えるのである。

全ての定量評価は困難

前述のように、投資の継続・中断を判断するためには、可能限り定量的な手法を導入することが望ましいとも考えられる。しかしながら、投資対効果の前提となる数字自体が一定の仮定を前提として算出する必要がある。逆に言えば、前述のラジオのように、既に製品・サービスが存在しておらず、市場規模やビジネスモデルが分からない場合や、誰も成功していないようなリスクの高い技術開発では、投資費用も売上・収益も根拠が曖昧になってしまう。そのため、画期的なイノベーションであるほど、これらの手法の有用性には限界がある。

上記のラジオの事例は、20世紀初頭と古い事例だと批判されるかもしれない。そこで、近年の興味深い事例を示そう。筆者も参画したNEDO[1]の研究プロジェクトにおいて、「FeliCA(フェリカ)[2]」の開発及び普及の経緯が詳細に分析されている(辻本 2008)。現在、フェリカは、JRや私鉄の乗車券用のカードとして幅広く実用化されている。その有用性は高く、急速に普及した。また、乗車券としての用途のみならず、電子マネーとしても用いられており、携帯電話にも搭載されている。フェリカは、技術そのものも優れているが、従来には無い全く新しい市場を開拓した点で、画期的なイノベーションであると評価できる。

ただし、フェリカを開発したSony(ソニー)の開発は、決して順調なものではなかった。外部の様々な企業の支援が必要であり、また、最初に潜在市場が想定され、そして、研究開発が着手されてから、現在のような技術の利用が体系化されるに至るまで15年以上の歳月が必要であった。

そもそものフェリカの開発は、1988年から、同社の情報通信研究所にて開始された。当初は、物流用のIC開発を想定していたが、コストの安い無線ICを実現することができず、1990年に開発を断念した。ただし、この開発により、ソニーの中に非接触ICに関心をもつ技術者が現れることになった。

また、一方で、1985年頃から切符や定期券の非接触IC化に興味をもっていた鉄道総合技術研究所(現在のJR総研)がソニーに開発の打診を行った。しかしながら、当初は、満足のいく開発成果が得られず、1991年のJRの自動改札の更新時までに開発が間に合わなかった。自動改札の更新は頻繁に行われるものではないため、当面は、JRの乗車券用途への道が閉ざされてしまった。そのため、鉄道以外の用途を探る必要があった。

その後、この開発は、カメラ事業部に移管される。ここでは、ビルのアクセス・コントロール(入退室管理)の使用に期待がもたれた。しかし、この事業は、想定されたほどの収益を上げるには至らないことが判明した。結果的に、1993年2月に開発中止か否かの決断に迫られることになった。本来であれば、開発が中止されるはずであったが、当時の経営トップの判断があり、かろうじて開発中止とはならなかった。

ここで、偶然、三菱商事から、香港のオクトパスカードの入札案件がソニーに持ちかけられ、同社は開発部隊主導で応札に参加することになった。結果としては、オーストラリアのERGシステムが採用され、日本勢はシステム部分の入札は逃したものの、カードについては、ソニーのフェリカが採用されることになったのである。

ただし、香港向けに、フェリカ事業は立ち上がったものの、当初想定したようにJRの自動改札に採用されるまでには、その後も数多くの技術課題を解決しなければならなかった。例えば、今では当たり前であるが、バッテリーレスが重要である。この要求に対応できたのは、毎回の情報処理のたびに、読み取り機周辺に生じる電界に接触し、電磁誘導により内部発電するという画期的な技術革新が実現されたためである。このバッテリーレスのメカニズムはJR東日本とソニーの間の長期にわたる開発過程で固まっていった仕様である。

最終的に1998年にJR東日本内で評価がおこなわれ、設備投資計画が承認された。これにより自動改札への組み込み、システム建設、周辺機器開発が行われ、2001年11月18日に電子切符であるSUICAのサービスが開始されたのである。

このフェリカの成功事例は、開発当初の時点において市場が全く存在していないような画期的なイノベーションを実現するためには、相応の研究開発期間が必要であることを端的に示している。逆に言えば、フェリカの技術開発において、その収益性を事前に予測することは、大変困難であったと考えられる。また、結果論になるものの、本来中止となるところを社長の命令により継続があったことが成功の前提となっており、将来を見通した経営トップによる判断が重要あることも示唆している。

近年、このような長期的でリスクの高い技術開発には、定量的な手法ではなく、定性的な判断が重要であることに改めて気づく日本企業が出てきている。定量評価のみでは、どうしても短期的に収益が上がるテーマだけに集中せざるを得ず、長期的な技術開発テーマが選択されない。 とはいえ、長期の投資が必要な画期的なイノベーションのためには、資金の出し手である投資家や経営者の「決断」が不可欠である。そして、イノベーターには、その決断を促すための戦略立案が必要であり、そのためには、「用途の目利き」の能力が不可欠であると考えられる。


[1] 独立行政法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構

[2] ソニーが開発した非接触ICカード


参考文献

  • 児玉文雄(2007)『 技術経営戦略』 オーム 社。
  • 水越伸(1993)『 メディア の 生成 : アメリカ・ラジオ の 動態史』 同文館出版。
  • 辻本将晴(2008)「 非接触 IC カード” FeliCa” における ビジネス・エコシステム 形成・発展要因 と 企業戦略 の 分析」『 独立行政法人新 エネルギー・産業技術総合開発機構・平成 1 9 年度産業技術研究助成事業・研究成果報告書』 独立行政法人新 エネルギー・産業技術総合開発機構。

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本連載の一覧については、連載『イノベーション戦略と新規事業創出』をご覧ください。

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