連載 第10回 技術機会の多角化

前回は多角化 について説明しましたが、今回は技術機会について解説します。

目次

イノベーション戦略と新規事業創出(第10回) 玄場公規

技術機会の方向性

企業で蓄積されてきた技術を活用する機会のある分野を技術機会のある分野と呼ぶ。すなわち、技術機会は「蓄積された研究開発成果を活用できる機会」と定義できる。類似の概念である事業機会(ビジネスチャンス)が、一般用語であるが、それとは異なる点に注意が必要である。技術機会があるとしても、事業機会があるとは限らない。そして、同じ製造業であっても、各産業とも本業で蓄積された産業技術が大きく異なるため、技術機会のある分野も、各産業とも同じではなく、産業ごとに大きく異なる。

さらに、同じ産業に属する企業であっても、異なる技術の蓄積がある場合には、異なった技術機会を有する。しかしながら、産業全体での大まかな技術機会の方向性であっても、企業の多角化戦略の重要な指針となりうるものであるため、各産業の技術機会の一般的な傾向を以下に示そう。

パビットは、イギリスにおける4,000以上の技術革新事例を分析して、産業別の技術機会の方向性を整理した(Pavitt 1989)。この結果、技術機会は、取引関係にある産業において認められることが多く、川上方向あるいは川下方向に技術機会がある産業が多いと指摘した。これらは、イギリスにおける分析結果であるが、川上、川下、すなわち、取引関係によって、技術機会が一般的に認められるという指摘は重要である。筆者らは、日本の産業の技術機会を分析するため、各産業の取引を集計している産業連関表を用いて、研究開発活動の多角化の統計データと併せることにより、各産業の研究開発活動の多角化の方向性を分析した(Gemba & Kodama 2001)。その結果、技術機会の多くは、日本企業においても、川上か川下の方向に向いている産業が多いことが示されている。

技術機会による多角化戦略の具体例

技術機会が川上あるいは川下に向いているとはどのような意味だろうか。例えば、前述の分析においては、通信・電子産業や電気機械産業については、川下方向において技術機会があることが示されている。これらの産業は、電気・電子の部品や、電気機器、情報システム等を他の産業に供給しており、それらの供給している製品の研究開発成果の蓄積を活用できる機会を有していることになる。例えば、コア技術を川下分野の製品群へ順次浸透させる「トリクルアップ」が日本のハイテク企業の一つの強みであり、トリクルアップに基づく製品展開がハイテク企業特有の戦略であると述べた。このようなコア技術を最終製品への展開は有効な多角化戦略の一つであり、技術機会を活用した多角化戦略と解釈できる。

技術機会を意図した多角化戦略で成功した具体的な事例として、液晶という新しい部材が次々と新しい最終製品に展開することを意識したシャープ、カメラメーカーから通信電子機器メーカーに転進し、コンポーネントが多角化戦略の鍵であると公言したキヤノンがある。

シャープは、高度な液晶技術に基づき、川下方向への事業展開を成功させた企業の代表事例である。そもそも、液晶を表示技術として、1967年に始めて、製品として実用化したのは、米国のRCA社である。しかし、RCA社は液晶を応用した様々な試作品を発表したものの、商品化は行わなかった。商品の成功は、日本の時計メーカー及び電卓メーカーによってなされた。時計メーカーは、時計の薄型表示技術として商品化へと取り組み、電卓メーカーであるシャープも省電力の表示技術を必要としていたため、電卓の表示技術として商品化に着手した。両者ともに開発に成功し、多くの時計・電卓メーカーが表示装置として液晶を採用した。

ただし、時計や電卓のみに用いるのであれば、さらに高度な液晶技術を開発する必要性は高くない。しかし、家電メーカーでもあるシャープは、時計や電卓のみならず、多くの最終商品に液晶技術が応用できることを期待し、液晶の開発を研究開発の中核に据えた。

当初の液晶表示原理は、液晶の表示単位を8の字型に並べて数字を表示するセグメント方式と呼ばれるものであった。しかし、これでは、数字を表示することしかできない。そこで、液晶の表示単位を縦横のマトリックス状に並べるドットマトリックス方式を開発した。この開発により、文字あるいは画像を表示できるようになり、液晶の応用範囲は、ワープロ、ファクシミリ等へと広がった。さらに、画素(表示単位)の一つ一つにアクティブ素子(トランジスタ)を付けるアクティブマトリックス駆動方式(TFT)を開発し、安定した動画表示及び大容量表示が可能になった。また、液晶タイプの改良によって鮮明なカラー表示を可能にした。

液晶の技術の高度化に伴い、その応用範囲は、テレビ、ステレオ等のOA機器、パソコン等の通信・電子機器の表示装置として拡大していったのである。さらに、現在では、大型液晶テレビの他に、カーナビゲーションシステム、液晶プロジェクター、ポータブルビデオ、電子手帳等多岐に及んでいる。当初は、電卓に使用するため開発した液晶技術だったが、旺盛な研究開発により技術を蓄積し、電化製品、通信機器のみならず、事務機器、自動車用品という分野にまで幅広く展開したのである。

このシャープの事例は、液晶という高度なコンポーネント技術を蓄積し、その技術を川下方向へ展開した多角化戦略と捉えることができる。この戦略の基点となったのは、液晶が様々な表示装置として応用できるという技術機会を明確に意図したことである。すなわち、様々な最終製品への技術機会を戦略的に意図し、イノベーション戦略を立案・実行したことが後の成功に繋がったと捉えることができる。

次にカメラメーカーから通信電子機器メーカーへと転身を図ったキヤノンの成功も、川下方向へ技術機会を意識した多角化戦略として評価できる。キヤノンは、日本のカメラ市場の伸び悩みを予測し、積極的に多角化を試みた。最初のキヤノンの多角化商品は、1959年のシンクロリーダーであり、次の多角化商品は、1964年の世界初のテンキー式電卓「キャノーラ130」であった(キヤノン株式会社 1987)。シンクロリーダー及び電卓とも発売当時は画期的な商品として高い評価を得たが、価格面・品質面及び販売ルート等に問題があり、結局、市場的には成功しなかった。ただし、これらの製品開発により、キヤノンは高度のエレクトロニクス技術を蓄積した。

もともと、キヤノンには、本業とするカメラ事業により、高度な光学技術、精密加工技術が蓄積されていた。キヤノンは、これらの技術とエレクトロニクス技術を融合させて電子複写技術を誕生させた。この電子複写技術を活かした製品がキヤノンの代表製品の一つとなる複写機である。特に、1972年に発売された複写機は、従来行われていたゼロックス方式、エレクトロファックス方式とは異なる「第三の電子写真方式」として高く評価された。続いて、72年から既存の電話回線にファクシミリを接続することが可能になり、ファクシミリの開発にも取り組むことになった。1978年には、自社開発を目指したプロジェクトチームを発足させ、そこには電卓及び複写機の生産技術のメンバーが加わった。前述の光学技術とエレクトロニクス技術の蓄積がファクシミリの参入にも活用されたのである。さらに、1975年には、当社の主力製品の一つとなるレーザービームプリンターを完成させている。当社は、1962年以来、レーザー光により文字を書くことを研究しており、レーザービーム精密光学技術と電子複写技術を融合させた事例として評価できる。

そして、1970年代半ばから、キヤノンはコンポーネント開発に力を注いだ。これは、エレクトロニクス製品のみならず、事務機器、光学機器の差別化には、コンポーネントの差別化が不可欠という認識に基づいている。コンポーネント部門の代表製品としては、世界初のバブルジェットヘッドがある。バブルジェット技術とは、高速・高品位のインクジェット記録技術であり、この技術を活かして1981年には世界初のバブルジェットプリンターを開発している。このバブルジェット技術は、マイクロマシーンの成功例としても評価されており、その応用範囲は、プリンターだけでなく、複写機、ワープロ、ファクシミリと多様であり、紙への理想的なプリント技術として普及しようとしている。

以上のキヤノンの多角化戦略は、カメラ製造により培った光学技術、精密加工技術を基に、エレクトロニクス技術を融合させながら、次々と新製品に応用させていると評価できる。注目すべきは、シンクロリーダーあるいは電卓は市場化に失敗したが、エレクトロニクスの蓄積を活かし、電子複写技術を開発した点にある。この電子複写技術が後々の事業展開の起点となっており、川下方向への技術展開を可能にしたと評価できる。また、キヤノンは、1975年以降、コンポーネント戦略を掲げており、コンポーネント技術が川下方向である最終製品に次々と展開できることを明確に意識した戦略を行っていたことが分かる。


参考文献

  • Pavitt, K., Robson, M. & Townsend, J.( 1989) ”Technological accumulation, diversification and organisation in UK companies, 1945-1983”, Management Science, 35( 1), pp81-99. Gort, M.( 1962) Diversification and Integration in American Industry, Princeton University Press.
  • Gemba, K. & Kodama, F. (2001) “Diversification Dynamics of the Japanese industry”, Research Policy , 30( 8), pp 1165-1184.

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本連載の一覧については、連載『イノベーション戦略と新規事業創出』をご覧ください。

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