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第4回事業承継セミナー報告書

第4回事業承継セミナー報告書

 

第4回事業承継セミナー(2019年2月21日)

2019年2月21日19時より、第4回事業承継セミナーを法政大学学院において開催した。本セミナーの特色は、事業承継を経験している企業の話を、承継させる現経営者ではなく承継する後継者から聞けることである。

 

第4回事業承継セミナーの概要

 

事業承継の課題と対策

大協技研工業株式会社 代表取締役社長 大山純平)

 

「実は、私の父は、スーパーマンなんです!」

大協技研工業株式会社代表取締役社長の大山氏は、

開口一番インパクトのあるアイスブレイクで語り始めた。

 

大協技研工業株式会社は、「粘着製品のトータルプランナー」を使命とする、粘着テープの受託加工、自社製品の企画・加工から販売までを手がける会社である。大山社長の父、大山康夫氏が1986年に創業した。

「創業当時は、子供ながらに会社の経営が大変なことが何となく理解できました。家族で外食に行っても、気を遣ってポテトフライぐらいしか注文できなかったんです」

今年33期を迎える同社の代表取締役に昨年(2018年)10月に就任した大山社長は、2階建て建造物の2階部分のみを間借りしていた創業当時を振り返る。

そのような経緯で創業した大協技研工業株式会社も、今では国内のみならず1996年にタイ、1999年にフィリピン、2015年にインドネシアと海外にも次々と拠点を展開する国際企業へと成長を遂げた。

 

粘着製品のトータルプランナー

大協技研工業株式会社では、以下の3つの事業を柱としている。

  1. 粘着製品の受託加工・販売
  2. 粘着テープの仕入れ・販売
  3. 自社製品(粘着応用製品)の企画・加工・販売

受託加工・販売事業では、HDドライブやプリンタなどのOA・AV機器に用いられる製品を取り扱う他、医療関係ではレントゲン撮影用の高品質製品、娯楽関係ではUFOキャッチャー用の製品を受託するなど、幅広い需要に対応している。

仕入れ・販売事業においては、国内ほぼ全てのメーカーの粘着材料の取り扱いが可能であることで優位性を出している。

自社製品企画事業においては、多様な企業の多様なニーズに応えてきた技術力を強みに、製品開発を行い、新市場開拓に意欲的に取り組んでいる。

今でこそこのように順調な事業運営をしているが、第9期目には一度は倒産の危機を経験している。家族会議で夜逃げの相談をするところまで追い込まれたが、取引先から紹介された仕事に救われ窮地を脱した。正にどん底を経験した会社は、強かった。そこから業績は右肩上がりで成長し、自社製品も徐々にではあるが売り上げを伸ばしていった。

33期である現在、脱・加工業から粘着応用製品メーカーへの変革へと経営方針を舵取りする中、大山社長を中心に過去最高益を目標に全社一丸となって仕事に取り組んでいる。こうした長期計画に基づく経営方針の決定ができる背景には、事業承継期にあっても十分に先代社長からの移行期間が確保できたことが一因として挙げられる。

 

創業者大山康夫

冒頭で「スーパーマン」と紹介された創業者、大山康夫氏(先代社長、現大協技研工業株式会社会長)は、強いリーダーシップを発揮することで社員を引っ張り、会社を大きく育ててきた。成功した多くの創業者にみられるように、頭の回転が速く、市場を見る力、勝負勘が優れている。そのことは、「勝ち喧嘩は買え」という口癖にも表れている。これは、“喧嘩好き”という意味ではなく、「勝てる市場で戦うことが大切」という、市場を読み取る先見性の表れである。大手企業での営業3年、マーケティング13年の経験で培われた能力を発揮して同社を成功に導いた創業者は、正に「スーパーマン」という例えにふさわしい存在である。

そんな先代社長が起業に至った背景には、以下のような想いがあったという。

1.粘着の可能性を追求したいとの思い

2.サラリーマンの悲哀

3.子会社の悲哀(務めていた会社は、米国企業の子会社であった。)

 

大山社長が入社して後継者候補となるまで

1999年、大協技研工業株式会社ではフィリピン工場設立に伴い工場管理者を日本から送り込むことを決めていた。しかし、実際に行ける社員は一人もいなかった。そこで、「お前、フィリピンへ行かないか?」と父から打診を受けた。1カ月考えた末に、親の期待に応えようとフィリピン行きを決断する。ここで、父が衝撃の一言を放つ。「お前がそんなに行きたいんだったら、考えてやってもいいぞ!」スーパーマンとの仕事が始まった瞬間だった。

フィリピンでの事業を通して、以下のことを学んだ。

1.「できない」と言わないこと:「できない」と言ってしまうと、仕事が来なくなる。

2.加工の面白さ:仕事を覚える過程で面白さに気付く。

3.メンバーへの感謝:後継者として従業員の理解を得る上で役立っている。

4.教育(共育)の重要性:ボトムアップの経営方針への転換にも活かされている。

いずれも、経営者として、そして後継者として重要な要素である。

大山社長の座右の銘は、「見える行動で見えない愛を表現する」である。「一言でいうと、とにかく行動することだ」と本人は語る。フィリピンのミンダナオ島にある児童養育施設の設立者の言葉だそうだ。フィリピンでは、仕事を通して人生の教訓をも得ることができた。

日本に帰国後は、自身が泥臭く働き、様々な人間関係を構築していった。また、新加工技術の創出や教育の実施など、意欲的に仕事に没頭してきた。

 

2006年、長男の誕生を機に自身の考えに変化が現れる。父親になったことで、「従業員にもそれぞれ家族がいるんだ」と周囲にも目を配れるようになった。それが、「そんな従業員の生活を守るために、自分が事業を承継して会社を盛り立てていきたい」という思いになった。会社を承継したいと、父に告げた。

これを受けての父の対応は合理的であった。同じく2006年、「能力のある者を後継者にする」と社内に公言した。その後、2011年に、大山社長の当時の実績・実力を公正に評価した結果として、次期社長就任が内定する。

事業承継に向けての周囲の反応はどうであったか?「妻は、『どうなってもついていくので、安心してください』と言ってくれた。実家が事業を行っていることも、会社経営者になることへの理解がスムーズであった一員であろう。しかし、妻からの愛の力がそれ以上に大きかった」と、大山社長は当時を振り返る。社員は、夢や想いを実現したいと期待する若手社員と、心の準備が必要な年配社員とに、反応が大きく分かれた。

 

スーパーマンからの引継ぎの難しさ

事業承継をすることとなったものの、スーパーマンからの引継ぎは容易ではなかった。38歳で起業した先代は、必要なことは「自分で学べ」という考えである。そこで大山社長は、大学院で経営学を学び、自治体主催のセミナーにも積極的に参加した。そうした活動の中で培った他社の社長や後継者との人脈を通して、客観的に物事を見る力を養うことができた。

また引継ぎに関しても、引継ぎらしい引継ぎがある訳でもなく、「自分で経験しろ」というものであった。そこで、大山社長は自ら引継ぎ計画を作成した。KKD(勘、経験、度胸)をモットーとする先代からは意外にも反応が良く、評価された。「引継ぎのコツは、全てを引継ごうとせず、とにかく引き継ぎそのものに徹すること。何かを変革するなら、引継いだ後にする。そうすれば、もめることはない。」当時を振り返り、大山社長は語った。

先代がカリスマであるが故の呪縛もある。ここで、トップダウンであった先代のカリスマ経営に代わり、従業員の目線に視点を合わせる後継者ならではの取組みが重要になる。大山社長は従業員教育に注力した。研修や資格取得の費用を会社が負担したり、外部研修を活用したりと、社員の成長に投資した。

No.2の右腕経営者の育成にも力を入れた。その際、No.3となる社員を数名選任した。右腕経営者が職責を果たす上で活動しやすくするための配慮である。また、大山社長の考えを基に右腕経営者の夢や考えも取り入れて二人の意識をすり合わせていった。2人の関係性を深めるため、右腕経営者と共同で行う仕事を増やした。二人で外出する機会を増やし、祭りの運営などの地元貢献活動やメルマガの発行・運営なども協力して行った。

技術畑出身の大山社長と、営業畑出身の右腕経営者。二人が互いに補完し合える関係性作りにも努めた。一見順調そうに見える事業承継の背景には、こうした地道な努力があったのである。

 

事業承継の成功要因

自身の体験した事業承継を振り返り、事業承継の成功要因には以下のようなものがあると、大山社長は語る。

① 事業承継はできるだけ早く開始すること

② 中期経営方針は現社長がいるうちから後継者が行うこと

③ 「目指す姿」を高く持つ /自己の成長に投資すること

④ 「変えること」と「変えないこと」を明確にした上で引継ぐこと

⑤ 引継ぎは後者が歩み寄ること

⑥ 将来像を従業員に明示し、教育プログラム作成すること

⑦ 外部を有効に活用すること

⑧ナンバー2育成には時間をかける、育成ではなく“協働”すること

⑨ 絶対にもめないこと

特に⑨の絶対にもめないことは重要で、先代と後継者がもめると、従業員はどちらについていいか分からず、混乱してしまう。このような事態を招けば、事業承継に大きな悪影響をもたらすことは明らかである。

 

自社の将来像

大協技研工業株式会社は、100年企業を目指している。そのため、『100年企業に向けた「不変」と「変革」』が存在する。変わらないこと、それは家族的な雰囲気の中でスピードある決断をし、チャレンジ精神を持ち続けること。変わることは、トップダウン経営から組織経営への転換、グローバル組織の構築、粘着応用製品メーカーへの変革である。これらの「不変」と「変革」とを道しるべに、100年企業となるべく歩みを一歩ずつ進めていく。

 

最後に

創業者の父をスーパーマンに例えた大山社長は、自らを戦隊もののヒーローだと例える。ワンマン経営だった単独ヒーローのスーパーマンに、協働型の組織的ヒーローを対比させたものである。「No.2の右腕経営者やNo3.社員、その他多くの従業員が戦隊ヒーローに加わることができる。その中で活躍した人が、“レッド”(主役)になれるのだ」組織型に再編されつつある自社の組織体制を、大山社長は熱く語った。

 

 

事業承継7つのステップ

法政大学イノベーション・マネジメント研究科 教授 玄場公規

 

事業承継の課題

事業承継の課題として、株式、事業用資産、資金など、いわゆる資産の承継について記した書籍は多い。事業承継のセミナーも、その多くが資産の引継ぎに主眼を置いている。事業承継において、資産の承継は確かに重要である。これらは承継する対象の「見えている」部分であり数字に置き換えられるものである。税理士や会計士などの専門家も充実しており、対応策も広く知られているものが多い。

事業承継には、人(経営)や暗黙知的な知的資産など「見えない」経を引継ぐ側面もある。しかし、この観点から事業承継を捉えている専門書やコンサルタントは少ない。このような「見えない」部分を如何に引き継ぐかが、事業承継後に企業が成長するための重要な要因であり、今後更に考察していく必要がある。

2017年版中小企業白書(中小企業庁)によれば、事業承継の準備段階にあたる「プレ承継」時期のステップとして、経営状況・経営課題等の把握(見える化)や事業承継に向けた経営改善(磨き上げ)を挙げている。これらは、事業承継において重要な過程であり、現経営者と後継者とが協力して行うことが大切である。

同白書はまた、後継者の決定した企業における最重要課題が「後継者を補佐する人材の確保」であることを示している。しかしながら、この課題に対して具体策を記した文献等は見当たらないのが現状である。

 

右腕経営者を登用した企業の例

 2017年版中小企業白書は、事業承継を機に右腕経営者の選任をも含めた体制作りを行っている企業を紹介している。

株式会社オーテックメカニカルでは、経営計画発表会を社内で開催し、経営的な視点を持つ人材の育成を行ってきた。先代経営者から後継者候補として常務に選任された現経営者は、自身の社長就任後に自らの後継者候補として営業部長を常務に抜擢した。

 株式会社五星では、先代社長の意向により40代で取締役に登用され経営に参画してきた現社長の下、幹部社員数名と若手社員有志とで経営ビジョン策定を通して次世代の経営陣育成に力を入れている。

 

事業承継の隠れた課題

事業承継では、有形資産の承継のみではなく、人材及び無形資産の承継が重要である。後継者を補佐する右腕経営者の確保(教育と育成)が特に最重要課題であるにも関わらず、その視点が欠落していることが多い。同様に、従業員教育の重要性についても指摘されていない。

このような現状を踏まえ、事業承継における隠れた課題と対策を以下の通り整理する。

  • 後継者の選定
  • 右腕社員の登用と育成
  • 経営理念の再定義と浸透
  • 従業員の意識改革と教育
  • 全員参加型経営の推進

特に全員参加型経営については、次のような過程を経て推進されることが考えられる。まず後継者が選任される。その後継者が、自身の右腕社員を選任する。その右腕社員は、後継者と経営理念を共有する。更にその右腕社員も、自身の右腕社員を選任し経営理念を共有する。このサイクルを従業員全員に浸透するまで繰り返していくと、経営理念の広がりと共に全員参加型の経営が社内全体に波及することとなる。