『ファミリービジネスにおけるダイバーシティ経営』 第二十回 若者の採用と活用ついて 後編

法政大学IM総研ファミリービジネス研究部会 特任研究員
中小企業診断士
ダイバーシティイノベーション株式会社
 CEO 榎本典嗣

本コラムは、中小企業診断士であり、長年中堅・中小企業の経営支援に携わってきた榎本と、同じく中小企業診断士でもあり、社会保険労務士・行政書士として中小企業の人事戦略を支援してこられた瑞慶覧先生と連載していきます。

第二十回 若者の採用と活用ついて 後編

ダイバーシティとは「多様性」を表す通り、多様性を意識した採用を検討する際には、女性、高齢者、障がい者、外国人など、それぞれのカテゴリーにおいて対策を検討しなくてはなりません。第20回コラムでは、若者の採用の促進、採用後も若者活躍を実現するための、企業側の変革について述べていきます。

企業側が対応を検討する上で、まず間違えてはならないのは何かしらの制度を導入すれば解決するとは限らない点です。もちろん制度の導入は必要ではありますが、併せて検討すべきことは他にも多くあり、本コラムでは検討すべき内容に関して以下の2点にまとめて説明をしていきます。

  1. 会社の基盤や風土作り
  2. モチベーション向上のための制度設計

①    会社の基盤や風土作り

まず制度設計の前に考えなくてはならないことは、受け入れる側の変革となります。具体的には若者世代が関心を寄せている、多様性、つまりダイバーシティ経営の実践となります。ダイバーシティに関しては、本コラムの中で様々な角度で述べていますが、ここで特に重要な視点はBelongingだと考えます。

Belongingとは、単に企業に「所属している」状態ではなく、心理的安全や信頼を感じる状態を指しますが、この心理的安全性のある組織作りが若者採用や定着には大きな影響を与えます。このことは前編でも書いてきましたが、若者が「職場の人間関係」を重視することが起因します。

心理的安全性とは、1990年代にハーバード大学のエドモンドソン教授によって提唱された概念ですが、2012年にgoogle社がプロジェクトアリストテレスの調査結果として発表した、5つの柱のうちの1つとして注目を浴びるようになりました。

具体的に心理的安全性のある組織とは、他人の反応を気にしたり、自分の発言を恥ずかしいと感じたりすることなく、ありのままの自分で過ごせるような環境のことを指します。チームのメンバーに対し無知・無礼などのネガティブな印象を与えるような行動をしてしまった場合でも、メンタル的に問題ないと感じることができる組織体です。なお、心理的安全性が担保されているチームのパフォーマンスは高く、企業に大きな恩恵をもたらすと報告がされています。日本においてもここ近年注目を浴びており、数々の企業が心理的安全性のある組織を意識した風土作りにチャレンジしています。

これは私の所感にはなりますが、ここ最近の若者は褒めて伸ばすという教育界の風潮か、怒られることに慣れていません。当然注意受けることはあっても、本当に怒られた経験をしたことがある子は少ない気がします。こういう若者にとって、心理的安全性のある組織で働くことは、今や企業に求める条件の一つになっているかもしれません。

法政大学専門職大学院の元教授である坂本光司先生は、、「発展する企業は何よりも人を大切にする」と述べています。迫本先生は『日本でいちばん大切にしたい会社1~8』、『もっと人を大切にする会社』など多数の本を出版されています。

著書の中では、「人を大切にする企業は、厳しい業界であっても人を確保できる」、「人を大切にする企業に人は集まる」とも述べており、企業が従業員を含めた様々なステークホルダーを大切にすることの重要性を説いています。

つまり、企業が従業員を大切にし、その中で心理的安全性のある職場を作ることは、若者の雇用や活躍も含めて重要なポイントであり、人手不足の世の中を迎えるにあたっては、企業側がこのような視点を取り入れることは採用の必須要件となっています。

②    モチベーション向上のための制度設計

若者の採用と活躍を検討するためには、それに応じた制度の設計と導入が必須となります。また、制度の導入にあたっては、モチベーションを向上させるような制度でなければ意味がありません。

そこでまず、モチベーション向上の理論としてハーズバーグの二因性理論をご紹介します。ハーズバーグはモチベーション向上の要因として、給料や待遇・労働環境といった、整っていないと不満につながる「衛生要因」と、自己成長や仕事の達成感など、あればある程やる気やモチベーションが向上する「動機付け要因」があると定義しました。そして、この2つの動機付け要因は、どちらかを満たせば良いというわけではなく、まずは働き方改革につながる衛生要因を満たし、その上で動機付け要因を満たすことで、モチベーションが向上すると提唱しています。

この理論からいくと、まずは衛生要因にあたる職場環境の整備を行う必要があります。職場環境の整備といっても様々な施策がありますが、ここでは3つの柔軟性という切り口でまとめてみました。多様な働き方ができるこのような制度の導入は、若者が企業を選定する上での一つの指標となります。

筆者作成

また、女性活躍や男性の育児休暇を促進する「えるぼし認定」や「くるみん認定」といったような認証制度を取得する取組みなども重要です。認定制度を取得することは、既存社員のモチベーション向上だけでなく、若者が就職先を検討する指標にもなり得ます。

次に、動機付け要因を満たす為の施策の一例として、「1on1」、「エンパワメント」についてご紹介します。

「1on1」ミーティングとは、評価や管理のための人事面談とは異なり、部下の成長をサポートするための時間のこと指します。シリコンバレーでは既に文化として根付いており、日本においてもヤフーの 1on1が注目され、導入する会社が増えました。

1on1を通じて上司は、部下がどういうキャリアを考えているのか、どういう悩みを持っているのかということを把握し、部下のサポートを行います。上司から部下への一方的なコミュニケーションではなく、 1on1は対話型のコミュニケーションになります。気を付ける点は人事面談を行うのではなく、部下の成長をサポートする場として実行することです。

1on1を成功させるポイントは、「傾聴」すること、そして上司側の「自己開示」と言われています。また、1on1では部下を褒め、適切なフィードバックを行うことが大切です。特にフィードバックは重要な要素で、自分はしっかり見られているんだと認識させる効果があります。

「エンパワメント」とは権限移譲と訳すことができます。組織が目指している目標を達成するために、組織のメンバーが自律的に行動する力を与えるためのリーダーシップ技術となります。

ビジネスにおけるエンパワメントでは、経営者やマネジャーが業務の目標を明確に示す一方、仕事の進め方についてはメンバーの自主的な判断に任せます。メンバーは、権限を与えられ自分で意思決定をしながら業務を達成することが求められますが、コミットメントの向上や自己決定を通じたモチベーション向上につながります。

ここまでモチベーション向上のための制度に関して、衛生要因と動機付け要因を軸にして紹介してきました。当然のごとながら、企業ごとに必要とされる制度は異なっています。また、既にここで紹介した制度は導入済みの企業も多くあると思います。しかし、時代や若者が求めることは刻々と変化していきますので、制度設計や導入に関しても時代に合わせて変えていく必要があります。

なお、最近ではITを活用した人材活用も注目され、導入を実施する企業も多くなっています。例えばタレントマネジメントシステムは、従業員のスキルやモチベーションをデータとして収集し、人材のパフォーマンスを最大化する仕組みです。今の従業員を分析することで、自社において今後求められる新卒採用の傾向を把握することで、内定辞退者や退職者を軽減したり、企業の魅力を高め優秀な人材獲得に結び付けることを狙います。このような、ITツールの導入も制度の一つとして検討する余地があります。

第19回、第20回では若者にフォーカスをあて、前編では今の若者の特徴を、後編では若者を採用するために実践するポイントについて述べてきました。

確かにZ世代、そしてこれからのα世代は、X世代である私とは思考が違うように感じます。ただ、この思考の違いによる多様性こそが、日本に足りていないイノベーションを起こし、日本復興の起爆剤になる可能性を秘めているのではないかと感じています。世代間のGAPを怖がることなく、前向きに捉え事業に活かしていくことがこれからの社会には求められていると考えます。

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