『ファミリービジネスにおけるダイバーシティ経営』 第十五回 障がい者の採用と活躍について 前編

中小企業診断士・特定社会保険労務士・行政書士

瑞慶覧 拓矢

本コラムは、中小企業診断士・社会保険労務士・行政書士として中小企業の人事戦略を支援してきた、瑞慶覧と中小企業診断士であり、長年中堅・中小企業の経営支援に携わってきた榎本先生と連載していきます。

目次

第十五回 障がい者の採用と活躍について 前編

ダイバーシティとは「多様性」を意味する通り、ダイバーシティを意識した採用を検討する際には、女性、高齢者、障がい者、外国人など、それぞれのカテゴリーにおいて対策を検討しなくてはなりません。

本コラムでは、今回と次回の2回にわたって障がい者雇用について説明します。 前半である今回は障がい者雇用、確保について説明し、後半である次回は障がい者の活躍、定着について説明していきます。

 

まず 障がい者雇用、確保について説明するにあたり、働き手たる障がい者を取り巻く就業環境について、国が企業に対して望んでいること、その他、企業に対する法規制について説明します。

厚生労働省のホームページでは、障がい者雇用について事業主に望まれることとして、「障害者が能力や適性が発揮でき、生きがいを持って働けるような職場作り」を方針として掲げ、具体的には以下の6つの内容を示しています。

障害者のための職場づくりについて望まれること(出所:厚生労働省ホームページ)

  • 障害者の種類や程度に応じた職域の開発。採用試験を行う場合には、応募者の希望を踏まえた点字や拡大文字の活用、手話通訳者等の派遣、試験時間の延長や休憩の付与等、応募者の能力を適切に評価できるような配慮。障害者の適性と能力に考慮した配置
  • 十分な教育訓練期間を設けることや雇用継続が可能となるよう能力向上のための教育訓練の実施
  • 障害者の適性や希望等も勘案した上で、その能力に応じ、キャリア形成にも配慮した適正な処遇
  • 障害の種類や程度に応じた安全管理や健康管理の実施、安全確保のための施設等の整備、職場環境の改善
  • 障害特性を踏まえた相談、指導及び援助(作業工程の見直し、勤務時間・休憩時間への配慮、援助者の配置等)
  • 職場内の意識啓発を通じた、職場全体の障害及び障害者についての理解や認識を深めること

更に、障害者雇用に対する社会的な関心を喚起し、先進的な取組を進めている中小事業主が認知度向上などの社会的メリットを受け、中小企業全体で障害者雇用の取組が一層進展することを目的として令和二年に認定制度が施行されました。

この認定制度は、取組、成果、情報開示の観点から認定基準が構築されており、体制づくり、仕事づくり、環境づくりから、数的・質的側面からみた成果及びそれらの情報開示の状況から組成されており、認定制度を取得し、マークを使用することにより、ダイバーシティ・働き方改革等の広報効果も期待されます。

この認定制度は、障がい者の確保に有意に働くのはもちろん、障がい者の定着、活躍にも効果のある制度と考えられるので、詳しくは次回の障害者の定着、活躍で説明します。

次に障がい者雇用における法規制について説明します。

障がい者雇用における主なルールは、以下の6つがあげられます。

1.障がい者雇用率制度

従業員が一定数以上の規模の事業主は、従業員に占める身体障害者・知的障害者・精神障害者の割合を「法定雇用率」以上にする義務があります。(障害者雇用促進法43条第1項)

民間企業の法定雇用率は2.3%です。従業員を43.5人以上雇用している事業主は、障害者を1人以上雇用しなければならない。という制度があります。

雇用義務を履行しない事業主に対しては、ハローワークから行政指導がされます。

2.障害者雇用納付金制度

障害者を雇用するためには、作業施設や作業設備の改善、職場環境の整備、特別の雇用管理等が必要となるために、健常者の雇用に比べて一定の経済的負担を伴うことから、障害者を多く雇用している事業主の経済的負担を軽減し、事業主間の負担の公平を図りつつ、障害者雇用の水準を高めることを目的として 「障害者雇用納付金制度」が設けられています。

具体的には、法定雇用率を未達成の企業のうち、常用労働者100人超の企業から、障害者雇用納付金が徴収されます。

この納付金を元に、法定雇用率を達成している企業に対して、調整金、報奨金を支給します。

障害者を雇い入れる企業が、作業施設・設備の設置等について一時に多額の費用の負担を余儀なくされる場合に、その費用に対し助成金を支給します。

3.雇用の分野における障害者の差別禁止及び合理的配慮の提供義務

  • 障害者に対する差別の禁止

事業主は、募集・採用において、障害者に対して障害者でない者と均等な機会を与えなければなりません。また、賃金・教育訓練・福利厚生その他の待遇について、障害者であることを理由に障害者でない者と不当な差別的取扱いをしてはなりません。(障害者雇用促進法第34~35条)

  • 障害者に対する合理的配慮

事業主は、障害者と障害者でない者との均等な機会の確保の支障となっている事情を改善するため、募集・採用に当たり障害者からの申出により障害の特性に配慮した必要な措置を講じなければなりません。

4.障害者職業生活相談員の選任

障害者を5人以上雇用する事業所では、「障害者職業生活相談員」を選任し、その者に障害のある従業員の職業生活に関する相談・指導を行わせなければなりません。(障害者雇用促進法79条)

5.障害者雇用に関する届出

  • 障害者雇用状況報告

従業員43.5人以上の事業主は、毎年6月1日現在の障害者の雇用に関する状況(障害者雇用状況報告)をハローワークに報告する義務があります(障害者雇用促進法43条第7項) 。

  • 解雇届

障害者を解雇しようとする事業主は、その旨を速やかにハローワークに届け出なければなりません。(障害者雇用促進法81条第1項)

6.障害者の虐待防止

障害者を雇用する事業主は、障害者虐待を防止するため、労働者に対する研修の実施、障害者や家族からの苦情処理体制の整備などの措置を講ずることが必要です。(障害者虐待防止法第21条)

ここまでで、国が企業に望んでいること、障がい者雇用における法規制について説明してきました。法規制の観点から障がい者雇用を見ると、法令遵守や社会的責任側面が色濃くなるため、ダイバーシティとの関連性が見えにくくなってきます。

そのため、ここで、障がい者雇用とダイバーシティの位置づけを整理し、障がい者雇用を通してダイバーシティ経営を導入することで、企業が得られるメリットについて立ち返ってみます。

まず事例の一つ目として、スウェーデン生まれの雑貨家具店「IKEA」の事例を紹介します。IKEAは商品開発において、ユニバーサル・デザインを取り入れることにより、いかに障害者にとっても使いやすい商品であるかが検討されるようになり、その結果、シンプルかつ美しいデザインの商品が生まれました。これは障害者に使いやすい製品の技術開発を目指した結果、誰でも使いやすいシンプルで美しい製品を生み出したことが現在のIKEAの成功に繋がっていると指摘されており、障がい者雇用が企業にメリットをもたらした好事例と言えるでしょう。(出所:障害×AI/IoT=イノベーション 「障害者」の視点が、日本のスマート技術を飛躍させる!)さらに障害者雇用が生み出す多様性の価値についての研究[和泉 亮, 小関 珠音,2020]では障害者の雇用が企業の社会貢献のみならず、新たなビジネス展開が生み出される可能性を示唆した事例研究もあり、障がい者雇用の観点からダイバーシティ経営を推進するメリットは充分に見込まれるでしょう。

少し観点を変えてみます。ダイバーシティ・マネジメントと障害者雇用は整合的か否か[有村貞則,2014]では、ほとんどの日本企業は人権尊重,企業の社会的責任,特に法令順守のために障害者雇用に取り組んでおり、ダイバーシティ・マネジメントが目指す「すべての従業員の潜在能力を活かす職場環境作り」。ここだけに着目すれば,ダイバーシティ・マネジメントと障害者雇用は非常に整合的である。しかし、これに「競争優位や組織パフォーマンス向上のため」という 条件が加わると途端に整合的とは思えない,そんな曖昧な関係性にある。と指摘しています。

前出の障害者雇用納付金制度は、その制度の目的として障害者を多く雇用している事業主の経済的負担を軽減し、事業主間の負担の公平を図りつつ、障害者雇用の水準を高めることを掲げています、この趣旨の通り、企業という枠組みのみならず、国全体として、「全ての従業員を活かす職場環境作り」を推進するために障害者雇用納付金制度のほか、障害者雇用に関する助成金や障害者雇用に係る税制の優遇措置も整備しています。

しかし、これらの制度が経営に与えるインパクトは短期的かつ表層的であり、ダイバーシティ経営として、与えるメリットとは言いがたいように考えられます。

ダイバーシティ・マネジメント(経営)を推進し、経営的なメリットを享受するために、企業が障がい者雇用を進めるメリットはどのような点があるのでしょうか。

その点、前出のダイバーシティ・マネジメントと障害者雇用は整合的か否か[有村貞則,2014]では、ダイバーシティ・マネジメントとは,あくまでも(属性に関わらず)「すべての従業員の潜在能力を活かす職場環境作り」であり,そのために不可欠な「既存の組織文化と制度の見直し / 変革」,これに向かわせるための動機ならば必ずしも競争優位や組織パフォーマンス向上などの「経営的視点」にこだわる必要はない。とあります。

つまり、ダイバーシティ・マネジメントというと業績向上や競争優位という観点で語られがちですが、「既存の組織文化と制度の見直し / 変革」に向かうための動機そのもの。源であり、「障害のある社員の潜在能力を最大限に活かす職場環境作り」に尽力してきたからこそ経営面での成功を手に入れることが出来ている企業が多いようです。

以上のように、ダイバーシティ経営の中の障がい者雇用における論点は、ともすると企業のメリットとして、競争優位や業績向上の側面が全面に押し出されます。

しかし、そこを混同せず正しく目的を理解し進めることで、結果的にダイバーシティ経営におけるメリットを享受することができるでしょう。

本コラムでは、ダイバーシティ経営に取組む大切さへの気づきや、進めていく上で必要となる様々なファクターを2人の目線で取り上げていきます。

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