第1回事業承継セミナー(2018年8月28日)
2018年8月28日19時より、第1回事業承継セミナーを法政大学学院において開催した。
我が国において、事業承継は大きな課題を抱えており、その解決は非常に困難である。多くの中小企業が解決を先送りにし、廃業に追い込まれているのが現実である。課題解決のヒントを提供するため、継続的に事業承継の専門家や当事者の方たちに知識や経験を語っていただく機会を設けること、これが本セミナーの趣旨である。
本セミナーの特徴は、事業承継における当事者の中でも特に「後継者」に焦点をあてている点である。セミナー講師も2代目や3代目といった「後継者」の方を中心にご登壇いただく予定である。
今回、記念すべき第1回セミナーでは、以下に紹介するお二人にご登壇いただいた。
経営理念で100年企業を目指す? 3代目社長が実践したコア・バリュー経営
マテックス株式会社 代表取締役社長 松本浩志
マテックス株式会社は、建築用ガラス、サッシの卸販売を事業内容とする、創業90年の企業である。松本社長は、創業80年のときに先代である2代目社長から経営を引き継いだ3代目社長であり、現在自身の10年目の節目を迎えている。
窓から日本を変えていく
日本中、周りを見れば至るところ窓だらけである。松本社長は、建築に不可欠な窓という存在と、自社の窓ガラス卸販売事業とを結びつけ、「窓から日本を変えていく」という信念を持ち、それを事業活動において実践してきた。
「冬場、窓際が寒い。夏場、窓際が暑い。」窓は熱の出入り口である。冬の暖房時に熱が開口部(窓)から出ていく割合は58%、夏の冷房時に熱が入る割合は73%である。このようなエネルギーロスを抑制する窓の開発に、マテックス株式会社は業界でもいち早く乗り出し、高性能窓(エコ窓)を開発した。これからは、「見えるデザイン」よりも「見えないデザイン」の時代である。見えないところで熱の流出・流入を抑えてくれるエコ窓は、環境配慮への観点から、日本を変えていく存在である。
窓には、“外の景観を楽しませる”「見せる窓」としての機能がある。また窓自体が、「魅せる窓」(デコ窓)としてその価値を拡張しつつある。インテリアとして楽しむために窓をカスタマイズすることで窓辺のプチ・リノベーションを楽しむ、窓に“テ”を加えることで窓への愛着も増し“好き”になる。窓も、“スキ”に“テ”が加わって“ステキ”になる。そんな付加価値向上の連鎖であるデコ窓も、日本を変えていく原動力を感じさせる。
事業承継と経営理念の明文化
2007年秋、先代社長である父に「代替わりしよう」と持ちかけられたのを機に、松本社長は事業承継の準備を始める。進めるなかで気づいたのは、「今までの会社では杜撰さと不器用さが混在している。不器用さは強みになり得るのだから、これは杜撰さと分けて捉える必要がある」という点であった。後に紹介する経営理念でも挙げられている“人間尊重”の姿勢にも通ずる考え方だ。
創業者である先々代(初代)の祖父はよく以下のように語っていたと、周囲から聞かされてきた。
まずお客様に喜んでもらい、
次に従業員にも喜んでもらう、
そしてお客様や従業員が安心して
働ける信頼関係をつくること、
そうすると自ら求めずとも
利は自然と生ずるもの…
2代目である父からは、以下のように聞かされてきた。
好景気には慎重に、不況のときは大胆に。
本業とは関係ない目先の利益は追わない。
継続は何よりも勝る力。
これらを自社が80年続いてきた理由の本質ととらえ、自分の言葉で経営理念として明文化した。その後、時間をかけてこの経営理念を社員に伝えていくこととなる。
一 窓をつうじて社会に貢献する。
一 「卸の精神」を貫く。
一 信用を重んじ誠実に行動する。
一 浮利を追わず堅実を旨とする。
一 人間尊重を基本とする。
(マテックス株式会社経営理念)
経営理念の実践(社会貢献:CSR)
社長に就任した松本社長は、様々な形で経営理念を実践し社内に浸透させていった。まず、窓の社会性の高さに注目し、「窓が社会にとって不可欠な存在であると気づこう」と社員に呼びかけるところから始めた。窓を介して流出・流入する熱については前述の通りであり、これを抑えることは、環境的側面に加え、屋内での生活空間を快適にすることを考えれば、その社会的にも大きな意義がある。併せて、高齢者の家庭内の不慮の事故(寒い部屋・場所と温かい部屋・場所との移動による急な温度差によるもの)が増加傾向にあり、この点からも屋内温度をうまく調整することは大切である。
マテックス株式会社では、その社会的意義を重視し、任意団体としてのエコ窓普及促進会や住まいの断熱改修セミナー開催などのCSR活動を行っている。これからは、商売性だけでは通用せず、社会貢献性の高い企業が生き残っていく。このことを、松本社長は10年前から社員たちに伝えてきた。
「C:コマーシャルが/S:すきな/R:りっぱな会社」。CSRを実践している会社にこのような企業が多いのも事実。では、真のCSR企業とはどのようなものか。それは、意識・姿勢・価値観の3つが社会を向いている企業である。野球のバッターに例えるなら、右バッターが狙って右方向に打つヒットも、振り遅れた結果偶然ポテンヒットを打つのも結果は同じライト前ヒット。CSRに置き換えるなら、真のCSR企業は日頃から右方向に打つ練習をしているバッター、意図して行動している方になる。決して偶然の結果ではない。
企業理念の実践(卸の精神)
CSRはもちろん、業界内の生態系を守ることも大切である。卸し業者などの川上に位置する事業者には、業績不振になると製造→卸し→ガラス・サッシ店→工務店→生活者の垣根を越えて生活者に直接販売して川下産業を侵す者も出てくる。これは、“卸しの精神”に反している。卸し業とはむしろ、川下にある地域・地場の工務店等に活躍してもらう環境を作る存在でなければならず、そのことが“卸しの精神”を貫くことになる。川上にいる自社だけが土日休みで独り勝ちするのではなく、川下の工務店が土日返上で提供する顧客サービスを応援し、共存していくことが大切である。
松本社長は、卸し業とは“困ったときに 思い出され、用がすめばすぐ 忘れられる”、“ぞうきん”のような存在として黒子に徹するところにカッコよさがある、と語る。
企業理念の実践(信用を重視し誠実に)
商品を購入する上で重要な要素は、① 何を、いくらで、買うか ② どのように、買うか③ 誰から、買うか。の3つである。③の“誰から、買うか”は、特に重要である。商品の品質や価格のみではなく、どのような相手から購入するのか、売り手の信用力が大切である。そのためには、各事業主が誠実に事業と向き合いお客様の購買支援に徹するサービスカンパニーになる必要がある。マテックス株式会社では、これまでに421回の勉強会を繰り返す中で、地域事業者がサービスカンパニーとして成長するためになすべきことを彼らと共に考えてきた。
企業理念の実践(浮利を追わず堅実に)
目先の利益に惑わされることなく堅実に事業に従事すること。これは、経営理念を浸透させ組織作りに注力することに他ならない。浸透は対話の連鎖によって生まれる。マテックス株式会社では松本社長自身が各拠点を訪問し社員と対話することでそれを実践している。
組織作りについても、重要な役割を担う番頭社員やそのサポート役の社員たちをメーカー出向者が構成していた二代目社長の時代から、プロパー社員のみで構成するものに作り変えた。今後は、ピラミッド型になっている組織形態を逆ピラミッド型に変え、社長が一番下から組織全体を支える “見守るリーダーシップのスタイル”へと、更に改革を進める予定である。
トップダウンで競争を重視していた従来の組織を、家族的で柔軟かつ創造的なものに変えるため、社員みんなと力を合わせ、対話を通して互いの考え方を理解する努力をしてきた。
このような活動が実を結び、経営理念やコア・パーパスに基づいた“マテックスらしさ・価値観”をみんなで考え、200個以上の中から10のコア・バリューに絞った。
- お客様の真のよろこびを追求する 数字では表せない領域に「感動」はある
- 「オープン」「フェア」かつ「温かみのある」人間関係 チームの和を育む最大の力は「仲間」
- 「成功」「失敗」から考え、学ぶ 平等に約束されていることは「成長」その過程を重視し見守る
- 「称賛」「感謝」はすることに価値がある 「いいね!」を増やす。
- ポジティブに考え、挑む 「どうなるか・・・」より「どうするか」を追求する
- 地図のない領域に足を踏み入れる 新しいことに興味を持ち、情熱と創意工夫で切り拓く
- チームの多様性を大切にする 聴く耳を持つ、相手の考えを尊重する
- 率先して楽しむ 「場」をつくり、「雰囲気」をつくる
- 組織の一員である以前にひとりの人間として正しいことを追求する 「誰が言うか」ではなく、「何を言うか」を大切にする
- マテックスが誇る最高の品質は「信頼」 世代を超えた関係は「信頼」の上に築かれる
企業理念の実践(人間尊重)
よい組織づくりとは、人にフォーカスしななければならない。その中でも重視しているのが、人を褒めること、人と認め合うこと。褒められ、認められることで、人は話を聞いてくれるようになる。
“マテックスLIVE”という活動では、「社員同士がホメ合う」などのイベントを開催する。これが、コア・バリューの浸透を加速させる。また、“コア・バリューを楽しむ夕べ”では、過去に褒められた経験を社員同士で共有する場を設けている。社内では、SNSを通じて互いをホメ合うメッセージが飛び交う。
このようにして、個人の成長を、そしてその個人に宿る思いやりの心を、マテックス株式会社では大切に育む努力を続けている。