『ファミリービジネスにおけるダイバーシティ経営』 第六回 経営者・経営幹部における意識改革

合同会社Manest 代表社員

中小企業診断士・特定社会保険労務士・行政書士 瑞慶覧 拓矢

本コラムは、中小企業診断士・社会保険労務士・行政書士として中小企業の人事戦略を支援してきた、瑞慶覧と中小企業診断士であり、長年中堅・中小企業の経営支援に携わってきた榎本先生と連載していきます。

コラムは今後約3か月に渡り、毎週月曜日に配信を行う予定にしております。

目次

第六回 経営者・経営幹部における意識改革

ダイバーシティ経営を経営者や経営幹部がトップダウンで進めようとしても、既存の制度や社内の抵抗勢力によって思うように進まない。といったことはダイバーシティ経営に限らず、これまで自社になかった新しい施策や制度を導入する際に度々起こります。

第六回目となる今回は、既存の制度や社内の抵抗勢力といった障壁を乗り越えてダイバーシティ経営を組織に根付かせるために、経営者・経営幹部はどのような意識改革を行っていけばいいのかを説明していきます。

第五回のコラムでは、ダイバーシティ経営を推進するにあたり、組織文化の醸成に大きな影響力を有する経営者や経営幹部が率先垂範し、企業そのものがしっかりと方向性を打ち出し、全社をあげて体制やマインドセットを変える土壌を作ることが大切だと説明しました。経営者や経営幹部の率先垂範が必要であることは大前提として、今回はこの点についてもう少し深掘りしていきたいと思います。

まず、これまで自社になかった制度や施策、戦略を取り入れ、組織風土や既存の制度と融合をさせるには、ダイバーシティ経営に限らず中長期的な視点が必要となります。これは、新たなマネージャーや部長など、マネジメントクラスの人材を入社させたときのことを想像すると分かりやすいかもしれません。

他社で活躍していたマネジメントクラスの人材が転職してくると、たとえ前職が同業種であったとしても、自社のカルチャーを知り、組織風土に馴染むまでに早くても6ヶ月、完全に組織に馴染むまで1年程度はかかるのではないでしょうか。よく転職は異物を体内に取り込むことと例えられることがありますが、ダイナミックな制度ほど与える影響範囲が広く、馴染むのに時間を有します。制度や施策、戦略、ダイバーシティ経営なども同様で、取り組んだとしてもすぐに効果がでるものではなく、徐々に組織風土に馴染んで行くものととらえておくのが良いでしょう。

ダイバーシティ経営は中長期的な視点で取り組むことを前提として受け入れた後、次にすることは、経営者自身がダイバーシティ経営の必要性や目的をしっかりと理解・腹落ちさせることが重要となります。

「なぜ自社がダイバーシティ経営に取り組む必要があるのか」という自問です。

これには2つの理由があります。

1つめに、ダイバーシティ経営は単体の施策ではなく、既存の経営戦略との連動が必要となります。経営戦略と連動するということは、経営戦略と連動している営業・マーケティング戦略やシステム戦略、人事戦略などにもダイバーシティ経営の要素が組み込まれている必要があることになります。人事戦略を例にとってみると、人事戦略にさらに紐付いている戦術部分である採用戦略や人事制度にもダイバーシティ経営の要素が含まれていることとなるはずです。そのため、経営トップが必要性や目的を明確にしないまま進めることにより、経営戦略、人事戦略、ひいては人事制度や採用戦略にも影響を及ぼすことになり、ダイバーシティ経営が形骸化するだけならまだしも、組織の隅々にまで誤った方針が波及し、意図しない結果となりえる可能性がるため、しっかりとダイバーシティ経営の必要性や目的を明確にする必要があります。

2つめに、このようにダイバーシティ経営の必要性や目的を明確化すること自体が経営者の意識改革につながります。多くの企業がダイバーシティ経営への取り組みは初めてか、取り組んで日が浅いことかと思います。そのため、これまでダイバーシティ経営に取り組まなくても経営が回って今日に至っているという経験から、根幹の部分では、実はそれほど新しい取り組みの必要性を感じていないかもしれません。もし必要性を経営者が理解しないまま経営者からトップダウンで進めても、経営幹部、事業部、スタッフ層においても、新しい取り組みの時間を作るために効率化を図ってまでダイバーシティ経営に取り組む必要性を感じられず、取り組み自体がたちまち風化していくこととなります。冒頭に述べた「率先垂範」は経営者自身が必要性や目的を自ら明確化し、主導することから取り組みが始まるものであり、決して経営幹部や部下に押しつけて進めておいてもらうものではないものである点に留意しましょう。

では、具体的に経営者自身がダイバーシティ経営の必要性や目的をしっかりと理解・腹落ちさせるにはどのようにするか、例をあげて紹介していきます。

「なぜ自社がダイバーシティ経営に取り組む必要があるのか」という問いについては、取り組むことで得られる自社への効果と、取り組まないことで発生する自社への効果という両側面から考えると自社にとっての課題と併せて抽出できるかもしれません。

ダイバーシティ経営推進の効果はイノベーション推進、人材不足解消など様々な効果が考えられます。ここでは、経済産業省が令和2年に公開した「ダイバーシティ2.0一歩先の競争戦略へ」で上げられている効果を紹介します。

同資料ではダイバーシティ経営の効果として①グローバルな人材獲得力の強化、②リスク管理能力の向上、③取締役の監督機能の向上、④イノベーション創出の促進をあげています。これを踏まえ、例えば以下の観点で考えてみます。

ⅰ.これらの効果が何故自社にとって必要なのか

ⅱ.効果を得たうえで、自社は何を目指すのか(ビジョンとの整合)

ⅲ.自社の課題の解決にダイバーシティ経営が何故有効なのか

ⅳ.それはダイバーシティ経営でないと解決できないのか

ⅴ.代替手段はないのか

ⅵ.取り組まなければどのようなことが起こるか

ⅶ.効果を得られないことで自社にとってどのようなデメリットが発生するのか

ダイバーシティ経営の必要性と目的を会社の方針として明確化し、積極的に取り組んでいる企業の例としてマクドナルドがあげられます。最近もyahooニュースで、熊本県のマクドナルドで働く90歳のクルーが話題になりました。

ダイバーシティは、過去のコラムで取り上げた女性活躍だけでなく、年齢・国籍・人種・宗教・性的指向・障害の有無を含みます。少子高齢社会の局面である日本においては、高齢者の雇用についても積極的に取り入れることが人材確保の観点のみならず、イノベーションの創出にもつながります。

 日本が世界の範になる―高齢者雇用が日本を強くする―[藤村 博之,2011]では、「高齢者が増えてくると、これまでは問題にならなかったことが問題になってくる。それにいち早く気づくのは高齢者自身である。それゆえ、従業員の中に変化に気づける人がいないと、企業はイノベーションの種を見逃してしまうことになる。」と論じられています。高齢社会では、企業が創出する価値を提供する提供先である顧客も高齢が多いということを忘れないようにしなければなりません。

マクドナルド公式のダイバーシティ・エクイティ&インクルージョンサイトでは、ページの冒頭部分で「多様なお客様の期待に応え、そして急速に変化する時代に適応していくためには、私たちにも多様性が求められます。」と記載があります。 マクドナルドが掲げるダイバーシティ経営の目的は明快であり、マクドナルドで働くクルーの多くの人が理解できるものであるからこそ、実践され組織風土として受け入れられているのではないでしょうか。

以上を踏まえ、自社にとってダイバーシティ経営が必要であると理解・腹落ちすることが出来れば、最初の障壁をクリア出来たとも言えるでしょう。逆に、これらを検討することで別の代替手段により自社の課題解決への道筋が見えたり、自社にとってダイバーシティ経営がそれほど重要ではないと気づけたのであれば、今はまだダイバーシティ経営を導入する時期ではないのかもしれませんし、無理矢理に導入しても失敗する可能性が高いでしょう。

以上のように、ダイバーシティ経営に取り組むことで得られる効果と取り組まないことで得られない効果という両側面から検討し、自社のビジョンや課題とのすり合わせをすることではじめて、ダイバーシティ経営の必要性や目的を理解・腹落ちすることができます。このこの自体が「他社がやっているからうちもやる」や「流行っているからうちもやらなきゃいけない」という他者の観点の軸から、自社軸(自分事)への転換、意識改革が図られることとなります。そのうえで、経営戦略や人事戦略、営業戦略などの戦略と制度、施策などの戦術、各部署の機能へと徐々に浸透させ、既存の制度等との融合を図り、推し進めることで、組織風土が醸成され、組織文化として形成されていくことが考えられます。

本コラムでは、ダイバーシティ経営に取組む大切さへの気づきや、進めていく上で必要となる様々なファクターを2人の目線で取り上げていきます。

2023年8月23日(水)にファミリービジネス研究部会のセミナーを開催します。ダイバーシティ経営に関しても取り上げる予定となっております。詳細が決まりましたら告知しますので、ご興味のある方は是非ご参加お願い申し上げます。

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