連載 第14回 バイオデザイン・プログラム

イノベーション戦略と新規事業創出

前回は イノベーション・エージェントの重要性等 について説明しましたが、今回はスタンフォード大学のバイオデザイン・プログラムの事例について解説します。

目次

イノベーション戦略と新規事業創出(第14回) 玄場公規

潜在需要探索人材の育成

前回においては、大学と企業の産学連携、あるいは、社内であっても研究開発部門と事業部門や営業部門の連携の際には、それらを仲介するような組織・個人であるイノベーション・エージェントが重要であることを指摘した。そして、これは、本連載で述べてきた専門家同士の「情報の粘着性」を超えるためのマネジメントであり、これに加えて、潜在需要を探索しながら、具体的な課題を概念化して、ソリューションを提案することがイノベーション創出において重要性である。正に、今の企業に求められる能力であり、新規事業の創出には、このような能力を持った人材が必要であると考えられる。

 この点、どこにそのような人材がいるのかという批判が考えられる。少なくとも当社に、そんな人材はいないと言われるかもしれない。確かに、日本企業にこのような人材が多くいれば、新規事業創出に悩む企業は少なくなると考えられる。ただし、そこで諦めてしまうと話が進まない。可能であれば、そのような人材を育成することが望まれる。しかし、この点においても、上記のような能力は天性のセンスが重要であり、そもそも、意図的に人材を育成することはできないのではないかという批判もありえる。

 以上のような疑問や批判は十分に想定されるものの、潜在需要を探索して、課題を設定し、その課題解決に向けたソリューションを提供できるような人材を意図的に育成しようとした意欲的な教育プログラムは実在する。その典型的な代表例が、スタンフォード大学のバイオデザイン・プログラムであり、世界的にも先進事例として良く知られている。今回は、このプログラムの概要と成功要因を紹介しよう。

バイオデザイン・プログラム

吉原ら(2014)は、先進的な潜在需要探索の教育プログラムであるスタンフォード大学のバイオデザイン・プログラムの事例を詳細に分析している。以下、その概要を紹介しよう。

同プログラムは、医療デバイス分野におけるイノベーション開発を担う人材の育成を目的として出発した既存学部の教育課程からは独立した教育プログラムとして開始された。具体的には、4名の専門性の異なる人材をフェローとして採用し、チームを組ませ、10ヶ月間にわたる豊富なコミュニケーションにより、医療現場における潜在的ニーズの発掘から、デバイスの試作、そして初期開発にいたるまでの一連のサイクルを経験させる教育プログラムである。

 公募によるフェローの採用後、最初の一ヶ月はオリエンテーションの期間に充てられている。その後、通常4名一組のチームに分けられたフェローが 、スタンフォード大学病院内の医療現場に送られて徹底的な現場観察を行う。 ここでの 「気付き」は、ブレーンストーミングを通じて潜在的な課題・需要として議論し、リストアップする。リスト化した潜在需要は、独自に開発したソフトウェアに入力し、スクリーニングに用いる。

これらの潜在需要に対して、技術的な可能性や市場性を検討し、学内外の専門家のアドバイスを受けながら、重要なアイデアを絞り込む。最終的にはそれらの中から五つを選定し、各チームとも、その潜在需要を満たすような技術的ソリューションを話し合う。その後、事業化を目指してソリューションは一つに絞り込まれ、チームはその開発をめぐる事業計画を練り上げる。事業計画は最終プレゼンテーションの場で発表する。

 以上がバイオデザイン・プログラムの流れである。問題は、その教育成果である。バイオデザイン・プログラムの本来の目的は人材育成であるため、人材教育ができれば一定の成功だとは言える。とはいえ、以下のように潜在需要の見出しとソリューションの提案による成果も素晴らしいと評価できる。

フェローの在籍期間は基本的に1年である(予算がつくと2年目に継続できる場合もある)が、プログラム開始から製品の事業企画化までは、実質10ヶ月程度である。企業による研究開発や事業化に比べると期間が短いにもかかわらず、チームによる徹底的なフィールドワークにより、潜在需要とソリューションが見出され、最終的には事業提案まで行われる。これにより、実際に事業化に至るケースも多い。前述の吉原らが調査した時点では、20程度のチームを教育した結果、これまで26のベンチャー企業の輩出に成功しているとのことである。

成功要因

バイオデザイン・プログラムで特筆すべき点は、フェローの選抜段階から意図的に多様な分野の人材を採用している点である。前述のように4名をフェローとして選抜しているが、異なる専門分野の人材を適切なマネジメントにより1つのチームに融合させる努力を行っている。これが同プログラムの重要な成功要因の一つであると考えられる。

具体的には、イノベーションの創出においては、⑴「作る者(builder)」、⑵「調べる者(researcher)」、⑶ 「診る者(clinician)」、⑷「まとめるもの(organizer)」という人材が不可欠であると設定している。すなわち、敢えて、「多様な知識・考え方」を意識的に融合し、潜在需要の探索を実現している。「作る者」とはプロトタイプが作れる手先の器用なエンジニアであり、「調べる者」とは既存研究のレビューができる工学系博士、「診る者」とは臨床医療を経験し現場をよく知る医師、⑷「まとめる者」とは企業で実際にプロジェクトの運営を経験したMBA保持者を想定しているという 。場合によっては一人がこのうち二つ以上の特性を持ち合わせることもあるが、チーム単位で考えたときにこれら四つが全て備わっていることが、目的を遂行するために不可欠とされている 。

 また、その他の成功要因としては、徹底的な医療現場の観察により、数多くの潜在需要を絞りださせることを最初のプロセスで行っている点である。この観察の場は、時には手術室、集中治療室、病棟や診察室にまで及び、チームのメンバーは医師が患者を治療する臨床現場に至るまで徹底的にインタビューを行っていく。最終的に事業化されるアイデアの独創性や質を高める為には、この時点で出来るだけ多くのアイデアを出し合っておくことが不可欠であるとされ、各チームともに200以上の潜在需要を提案することになっているという 。

 前述のように潜在需要を提示した直後から、専門家への聞き取りや文献調査などを通じて現場に関する知識を増やしていくことになる。時には現場に戻って関係者からフィードバックをもらい、吸い上げた潜在需要の重要性を査定する。チームは「どういった状況」が「どのように改善されるべきなのか」について意見を出し合い、発掘したニーズの特徴を、ひとつひとつ簡略かつ明確に一行のステートメントにまとめる。こうすることで、それぞれのアイデアの本質が浮き彫りにされると考えられる。このプロセスは、正に潜在需要の概念化である。

 以上のように潜在需要の探索を徹底的に行い、それに伴い、潜在需要の概念化、ソリューションの提案に至るまでの教育プログラムの実践は可能である。実は、スタンフォード大学のバイオデザイン・プログラムの成功により、米国の主要大学では類似の教育プログラムが立ちあがっており、また、近年では、日本でも同様のプログラムが開始されていることから、その成果が期待される。


参考文献

  • ヤング吉原 麻里子, 玄場 公規, 玉田 俊平太(2014)学際性を重視したイノベーション教育の先進事例 : スタンフォード大学Biodesignプログラム(<特集>研究開発における学際性) 研究 技術 計画 29(2_3), 160-178

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本連載の一覧については、連載『イノベーション戦略と新規事業創出』をご覧ください。

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