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連載 第13回 基礎研究の重要性とイノベーション・エージェント

前回は オープン・イノベーション戦略 について説明しましたが、今回は基礎研究の重要性について解説します。

イノベーション戦略と新規事業創出(第13回) 玄場公規

基礎研究の重要性

オープン・イノベーションの考え方を徹底すれば、イノベーションを実現するための技術は外部から調達すれば十分ということになる。特にイノベーションの実現までに時間のかかる基礎研究は自社で行うことなく、外部の研究成果を活用する方が効率的とも考えられる。

実際に、企業業績の低迷によって、多くの日本企業で研究所の縮小・見直しが行われた。また、ローゼンバーグとスペンサーは、米国企業でも、中央研究所の役割が低下していると経営者が判断し、米国企業の基礎研究部門は、大きく縮小していることを指摘した(Rosenberg & Spencer 1996)。特に、米国の大手IT企業では、基礎研究を行う部門がなく、製品に直結した技術開発に特化する戦略を採用する企業も少なくない。これらの企業では、必要な研究成果については、大学等の公的研究機関やベンチャー企業から調達するか、あるいは、既に技術を持っている企業を買収するかなど、外部の研究開発成果を積極的に活用する方針を採用している。まさに、前回述べたオープン・イノベーションの戦略である。 

基礎研究が日本企業のイノベーションにどの程度役に立っているのかという疑問を呈する経営者も少なくないであろう。ただし、マクロで見れば、企業活動や経済の発展には、基礎研究は、極めて重要であり、しかも、その重要性は増していると指摘する分析結果が提示されている。

マンスフィールドは、もしも大学における研究の貢献がなければ、新しい製品や製造方法の10%は起きなかったか、あるいは、大きく遅れたであろうと推定している(Mansfield 1991)。従来から、公的な支援を受けた科学的研究が技術変化を促し、企業活動や経済成長の源泉となっていることは、科学者や経済学者の間では広く認識されている。ナリンらは、政府がこの認識を持っているからこそ、大学等公的研究機関における研究に対して支援を行なっていると指摘している(Narin et al., 1997)。そして、注目すべきは、このような基礎研究の成果が技術変化に与える影響は、近年さらに増大していると主張していることである。具体的に、ナリンは、一特許当たりの科学文献の引用する程度を測定し、それが時間とともに増大していることを示した。技術変化の源泉として、科学に注目が集まっており、それに伴い、科学と技術変化との間のリンケージに関する興味も増大していると主張している。

一特許当たりの科学文献の引用回数は、サイエンスリンケージと呼ばれており、科学技術政策および技術経営の研究者の間では良く知られている指標である。このサイエンスリンケージの分析は、日本の科学技術白書にも採用されている。

ただし、サイエンスリンケージは、分野別に議論することが重要である。実は、米国の特許においても、サイエンスリンケージは技術分野ごとに大きく異なる。アンダーソンら(1996)は、バイオ技術分野は、特許化された技術が最も強く科学と結びついた分野であり、バイオ技術分野の特許は、他の特許と比較して、6倍も多く論文を先行技術として引用していると指摘している。そして、先行技術として引用された論文は、応用的なものではなく基礎的なものであり、技術変化に対して、基礎的な研究が果たす役割の重要性を示す証拠であるとしている(Anderson et al., 1996)。

筆者らも、第二次科学技術基本計画において重点分野とされた「バイオ技術」、「ナノテクノロジー」、「情報技術(IT)」、「環境関連技術」の4つの分野を対象とし、日本に出願された特許を元にサイエンスリンケージを分析した(玉田ほか、2003)。この結果、バイオ分野の特許は、明らかに論文の引用数が多く、特許の引用数が低い。ナノテクノロジーの分野の特許は、論文の引用数が多く、特許の引用数は平均値と差が無い。そして、ITと環境関連の特許は、論文も特許も引用数が低いという結果になった。ここで注目すべきは、日本の特許でも、バイオ分野は引用論文数が極めて多いことである。その数は、引用している特許数よりも圧倒的に多い。この結果は、バイオ分野では、論文等の基礎研究の成果が技術開発における知識の源泉であるだけでなく、直接、技術開発の成果に結びついていることを示していると考えることができる。

イノベーション・エージェント

基礎研究が重要だとしても、自社で行う必要はないという批判は考えられる。確かに分野によっては、基礎研究を外部に大きく依存してイノベーション創出に成功している企業はある。ただし、外部の企業あるいは大学との連携を行うにしても、高度なマネジメントが必要不可欠であることは留意すべきである。また、実は、このことは自社内で基礎研究を実施しても同様のことが言える。

近年、日本においても、企業と大学による産学連携が盛んになっているが、従来から、産学連携を行うためには様々なマネジメント上の課題があることが指摘されてきた。何故ならば、産業界と大学等公的機関の間には、本質的なギャップが存在するとされているためである。

アトキンソンは、ハーバード大学医学部のライセンスグループの提案書を調査し、ライセンスには不適当だが、次世代の製品の基盤となりうる技術は多数あるものの、これらの技術に対して、情報公開後3~5年を経ても問い合わせが無いことを指摘している(Atkinson  1994)。そして、その原因として、大学の研究成果と企業の関心との間に大きなギャップがあるためであると主張している。また、加納も、産学間の理解に大きなギャップがあることを指摘し、産学連携が成立するためには、このギャップを埋める必要があると主張している(加納 2002)。すなわち、そもそも、大学等公的研究機関と企業とは、組織としての目的が大きく異なり、そこに所属している構成員の技術開発テーマに対する関心やニーズ、あるいは、技術の内容の理解度には、大きなギャップがあるということである。

そこで、加納は、このギャップの橋渡しを実現するため、仲介機関である「イノベーション・エージェント」の必要性を主張している。産学間で技術移転が成立するためには、「技術の受け手側が一定以上の理解が必要」になるが、一般的に、大学の研究が独創的であればあるほど、研究者人口は少なく、理解されない可能性が高い。また、独創性・新規性が高い技術であれば、未知の用途開発も必要とされることが多く、まさに研究開発リスクが大きいと評価される可能性も高い。このような認識と評価のギャップを埋めるためには仲介機関が必要不可欠であるという主張である。

イノベーション・エージェントは、以上のように、大学等公的研究機関の成果を活用するために提示された概念であるが、社内の研究開発部門と事業部門との連携、あるいは他社の研究開発部門との連携においても十分援用できる考え方である。また、セブンイレブンのように非製造企業が情報システムを活用してビジネスモデルを創出したようなイノベーションでも同様である。

社内あるいは社外との連携において、それを仲介するような組織あるいは個人の存在が重要であり、その仲介組織・個人がいなければ、相互理解が進まず、イノベーションが実現できない。仲介する組織・個人は、今後の市場を見通し、潜在需要を探索すると同時に具体的な開発課題を概念化し、その課題を解決するためのソリューションをその提供者とともに協業して提案する能力が求められる。これは本連載で述べてきた関係者の情報の粘着性を超えるためのマネジメントであるが、需要表現とビジネスモデルを提案できる能力も必要であり、正に新規事業創出に不可欠な能力であると考えられる。


参考文献

  • Rosenbloom, R. S. and W. J. Spencer (1996) Engines of Innovation, Boston: Harvard Business.リチャード・S. ローゼンブルーム , ウィリアム・J. スペンサー(1998)「中央研究所の終焉」日経BP
  • Mansfield, E. Academic research and industrial innovation. Research Policy. Vol.20, No.1, 1991, p.1-12
  • Narin, F., Hamilton, K. & Olivastro, D.( 1997) ”The increasing linkage between U.S. technology and public science”, Research Policy , 26( 3), pp317-330.
  • Anderson, J., Williams, N., Seemungai, D., Narin, F. & Olivastro, D. (1996) “Human Genetic Technology: Exploring the Links between Science and Innovation”, Technology Analysis and Strategic Management, 8( 2), pp135-156.
  • 玉田俊平太、 児玉文雄、 玄場公規( 2003)「 重点 4 技術分野 における サイエンスリンケージ の 計測」『 RIEI ディスカッションペーパー』。
  • Atkinson, H. S.( 1994)“ University-affiliated venture capital funds,” Health Affairs, 13( 3), pp159-175.


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本連載の一覧については、連載『イノベーション戦略と新規事業創出』をご覧ください。

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