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連載 第8回 粘着性の克服

イノベーション戦略と新規事業創出

前回は 近年におけるイノベーションの考え方 について説明しましたが、今回は情報の粘着性などについて解説します。

イノベーション戦略と新規事業創出(第8回) 玄場公規

リード・ユーザーの重要性

ヒッペルは、イノベーションの源泉としてのユーザーの重要性を指摘し、例えば、科学機器を対象に分析した結果、イノベーションの77%がユーザー支配的な過程であると指摘した((Hippel 1976),(Hippel 1977))。また、半導体・電子アッセンブリー製造においても、同様にユーザーが重要な役割を担ったことを指摘している。そして、イノベーションにおいて主要な役割を担うユーザーをリード・ユーザーと定義した。

これらの科学機器や製造装置の事例では、ユーザー自身も高度な技術的知識を有する研究者・技術者である。一般の研究開発においては、高度な技術知識を有するユーザーの活用は重要である。ただし、ビジネスモデル創出の場合には、必ずしも、ユーザーが高度な技術知識を持っている訳ではない。

小川は、新しいビジネスモデルの創出と言うイノベーションにおいて、日本最大手の小売企業になったセブンイレブンが情報技術のリード・ユーザーとして主要な役割を担った事例を分析している(小川 2000)。小川によれば、コンビニエンスストアの店舗発注システムは、補充発注システム、自動発注システム、仮説検証型システムの三つに分類できるとする。業務の効率化という点では、商品補充と発注を自動的に行う補充発注システムで十分と考えられる。しかし、新しいビジネスモデルという観点からは、「いつ、どこで、どのような顧客が商品を購入するか」という仮説を提示し、その検証を行う仮説検証型システムが重要であった。実際にセブン-イレブンは、1982年に顧客データを蓄積し、仮説・検証できるシステムを導入した。このシステムの画期的な点は、どの地域、どのような性別・年齢層の顧客がどの季節・時間帯に、どのような商品を購入するかを予測するシステムであったということである。このシステムに基づいて商品を発注することにより、顧客満足度が著しく向上するという新しいビジネスモデルが導入された。情報システムの「使い方」を新しく見出し、仮説検証して発注する業務という新しい「ビジネスモデル」を創出したのである。

情報の粘着性

情報技術を用いて新しいビジネスモデルを創出する場合には、顧客ニーズとシステムを活用している現場の情報が重要である。しかし、一般にシステム開発企業は情報技術に精通しているが、顧客ニーズ・現場の情報には疎い。一方、ユーザー側は顧客情報などに精通しているが、情報技術には疎いと考えられる。そのため、イノベーションを創出するためには、システム開発企業と情報技術のユーザー企業との緻密なコミュニケーションに基づいた共同作業が不可欠である。しかし、それは企業の垣根を超えたコミュニケーションであり、必ずしも容易ではない。このように、情報というものは属人的なものであり、情報の真意が伝わりにくいという性質は、『情報の粘着性』と呼ばれている(Hippel 1994)。

新しいビジネスモデルを創出するためには、情報の粘着性を克服し、顧客ニーズや現場に関する情報と、 そのニーズを解決する情報技術を融合させる必要がある。このような粘着性を克服して、新しいビジネスモデルを創出したセブン-イレブンは高く評価できると考えられる。

情報の粘着性を克服するための第一歩としては、情報が属人的なものであり、それを融合させるためには、コストがかかるということを認識することである。そして、情報の粘着性を克服する具体的な手段としては、情報技術及び顧客情報の両方に精通した人材を育成するマネジメントが必要である。前述のセブンイレブンでは、そのような人材育成およびマネジメントを意図的に行っていたと評価できる 。

イノベーション・マネジメンの重要性

前回、従来よりもイノベーションの範囲の広がっており、また、それに伴い、イノベーターの範囲も広がっていることを指摘した。極端に言えば、誰でもイノベーターになれる。しかしながら、それゆえに「情報の粘着性」がより大きな課題になる。

高度な技術に基づき新しい製品を供給することが主たるイノベーションであれば、イノベーターとして期待されるのは研究者・技術者という専門職に限られていた。また、少なくとも、イノベーション創出に必要な情報は自社内で足りることも少なくなかったと考えられる。自社内の少数の専門的な研究者・技術者のみでイノベーションが実現できるのであれば、自社の知識をマネジメントすることで十分である。しかし、社外の人材で、しかも、技術に精通してない人材の専門的な情報を活用しなければならないとなれば、情報の粘着性が大きな課題となる。

このことは、イノベーションを創出するためには、高度なマネジメントが重要になることを示唆している。一般に、企業内において、研究開発部門と事業部門・営業部門とのコミュニケーション不足が問題となっている。このこと自体も、イノベーション戦略において大きな課題であるが、それでも、社内における情報の粘着性の問題であり、自社内のマネジメントの範囲である。すなわち、社外の研究開発成果を活用するアウトソーシングを積極的に行う場合には、さらに社外との情報の粘着性を超える努力が必要になる。例えば、社外の技術者・研究者だけではなく、営業担当者や企画担当者、あるいは、購買担当者など様々な社外の人材と自社の研究開発担当者が積極的にコミュニケーションできるようなマネジメントが必要になってくるのである。セブンイレブンの例で言えば、セブンイレブンの店舗の担当者と情報システムを開発するメーカーの研究者・技術者の情報の粘着性を克服するマネジメントが重要ということになる。

イノベーション戦略として、このようなコミュニケーションの必要性は、従来認識されていなかったかもしれない。しかしながら、イノベーションの範囲は、専門性の高い研究者・技術者のみで解決できる範囲を超え始めている。すなわち、今後のイノベーションでは、複数の異なる分野の専門家の知識が必要であり、それゆえに企業内、企業間の密接な連携が必要不可欠ということである。情報の粘着性という課題を認識し、今後のイノベーション戦略を構築しなければならないと考えられる。


参考文献

  • Von Hippel, E.( 1976) “The dominant role of users in the scientific instrument innovation process”, Research Policy, 5( 3), pp212-239.
  • Von Hippel, E.( 1977) “The dominant role of the user in semiconductor and electronic and electronic subassembly process innovation”, IEEE Transactions on Engineering Management, 24( 2), pp60
  • 小川進(2000)『 イノベーション の 発生論理-メーカー 主導 の 開発体制 を 越 えて-』 白桃書房。
  • Eric von Hippel(1994)“Sticky Information” and the Locus of Problem Solving: Implications for Innovation, Management Science, 40(4),pp429-548.

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本連載の一覧については、連載『イノベーション戦略と新規事業創出』をご覧ください。

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