連載 第6回 技術融合とLearning by Using

イノベーション戦略と新規事業創出

前回に引き続き今回もイノベーションのプロセスについて説明します。

目次

イノベーション戦略と新規事業創出(第6回) 玄場公規

技術融合

日本のイノベーションプロセスの特徴として、さらに、児玉は、異種類の技術を融合させる技術融合と言う概念を提示した(児玉 1991)。異種類の異なる知識を融合させることが極めて重要であり、これが日本企業の競争力の源泉になっているという指摘である。児玉は、このような技術融合の具体例として、メカトロニクスやオプトエクレトロニクスを挙げた(児玉 1991)。実は、「メカトロニクス」という言葉は、日本による造語(1975年頃から使われた)であるという。メカトロニクスの代表的な製品は、現在でも日本企業が高い競争力を有するNC工作機械である。その実現には、ファナックによりパルスの数を動きとしてのステップの数に変換する「ステッピングモーター」が重要である。また、その制御方式としては、フィードバック方式ではなく、基本的にはオープンループ制御が必要であったが、駆動機構の根幹をなす従来のネジでは、磨耗によりバッククラッシュが起きてしまうので、オープンループ制御は不可能であった。そこで、日本精工が「ボールネジ」を開発し、これによって、バッククラッシュの問題を解決した。また、ステッピングモーターは、トルクが弱いため、摩擦係数が高くては役に立たない。そこで、ダイキン工業が開発したテフロンを工作機械の滑り面に張り付けることにより、摩擦係数を削減することが可能になった。

近年では、「すり合わせ」という概念が日本のものづくりの競争力の源泉として指摘されている。モジュール化(仕様が共通化)されている製品やソフトウェアは比較的容易に組み立てることで最終製品を製造できる。一方で、モジュール化がされていない場合には、最終組立メーカーは、重要なモジュールやソフトウェアを管理する必要があり、それぞれを組み上げて最終製品にするためには「すり合わせ」が必要になる。このような「すり合わせ」が必要な製品においてこそ、日本企業は競争優位を発揮できるのではないかという議論である(藤本、2003)。この「すり合わせ」と技術融合とプロセスは、長期間の創意工夫によって、簡単に組み合わせることができない技術・モジュールを融合させていく点で類似の概念とも言える。

Learning by Using

しかしながら、一方で、近年では、日本企業の競争優位の源泉が徐々に失われてきているという議論が提示されている。その一つが前述のモジュール化に関する議論である。すなわち、数多くの製品がモジュール化されており、最終組立メーカーは自ら開発を行うことなく、容易に最終組立製品を製造できる一方で製品の差別化が困難になり、日本企業は競争優位を発揮できなくなっているのではないかという指摘である(青木ら、2002)。

ただし、この他にもイノベーションが技術革新のみならず、イノベーションそのものの範囲が広がっていることが日本企業の競争力の限界をもたらしていると考え方もある。本連載で提示した「技術融合」や「トリクルアップ」は、日本企業の1980年代の強さを説明するイノベーションプロセスとして説得的なものである。ただし、これらは、長期間にわたって、高度な技術を蓄積した成果を融合することにより、新製品を開発するイノベーションプロセスであり、正に「技術革新」のプロセスである。しかしながら、近年、ビジネスモデルの創出も重要なイノベーションであるとされている。そこで、ビジネスモデル創出も含めたイノベーションプロセスも考える必要がある。

この点、イノベーションプロセスを学習過程として捉える考え方が参考になる。「学習過程」を技術進歩として初めて定式化したのは、アローである(Arrow 1962)。アローは小さな改善の累積的効果を「Learning-by-Doing」と表現した。その効果は生産1単位当たりの労働コストの低減という形で計測された。すなわち、製品を作れば作る(Doing)ほど、その製品を作ることに関する学習効果によって、コストは低減するという考え方である。現在でも、この学習効果は、製造業一般に広く一認められることである。

しかしながら、近年の企業におけるイノベーションプロセスでは、別の学習過程も重要と指摘されている。製品の製造法を習得したり、製造経験に基づき生産工程を改善したりする学習では、Learning-by-Doingは重要であるが、複雑なシステム製品で、新しい機能が次々と追加される製品では、そのたびに、新しい学習が必要になり、Learning-by-Doingの重要性が低下する。

ローゼンバーグは、複雑なシステム製品の開発では、「Learning-by-Using」という学習課程が重要であるとしている(Rosenberg 1982)。これは、ユーザーがその製品・システムを長期間にわたって利用した結果、その製品の作り手に製品改善のための情報をもたらし、その学習効果によって、製品のレベルが向上するというものである。Learning-by-Usingの学習過程は、複雑なシステム製品の代表例であるパーソナルコンピュータを考えると分かりやすい。Learning-by-Doingでは、製品を作れば作るほどコストが低減する学習過程である。しかし、パーソナルコンピュータは、同じ機能の製品の価格は急激に安くなるが、次々と機能が高い製品が発売され、新製品の値段はほとんど変わらない。すなわち、値段が安い製品を提供するよりも、より高い機能を有する製品を供給することが重要であり、ユーザーの利用経験に基づく性能のレベルアップが図れるというLearning-by-Usingの学習過程が重要なのである。

Learning-by-Doingは製品の製造経験の関数であるが、Learning-by-Usingは、製品の最終ユーザーによる利用経験の関数である。ソフトウェアや近年のクラウドシステムは、ユーザーの利用経験が重要な典型例である。これらソフトウェアやクラウドシステムの最大の特徴は、インプットの多様性が広く、処理方法のオプションが幅広い。しかし、これらのすべてのオプションを、販売する前にテストすることは不可能に近い。早期に市場に提供し、顧客の利用経験から徐々に改善を行うことが不可欠である。また、顧客支援サービスの充実も図られている。これは、Learning-by-Usingによるイノベーションプロセスを前提としていると考えられる。

近年は、製品・ソフトウェア・システムが複雑であるだけでなく、顧客の要望も多様化したため、性能を十分に確認する前に製品を出すことを余儀なくされている。すなわち、一定の不完全性(いわゆるバグ)を前提として、市場に提供されていると言っても過言ではない。そのため、技術を蓄積する上では、供給者の製造経験よりも、ユーザーの利用経験によって、製品の性能をレベルアップするというLearning-by-Usingが重要なのである 。

そして、技術の高度化や機能向上のみならず、用途の飛躍や新しいビジネスモデルの創出においても、ユーザーの利用経験が重要である。従来は、新しい技術を何に使うかは供給者が決め、それを消費者へと提供することが一般であった。しかし、近年では、ユーザーの利用経験のフィードバックによって、さらに新しい用途やビジネスモデルが創出される可能性が高まっている。これは、製品が複雑化していることに加えて顧客とメーカーの立場が極めて近くなっていることにも起因している。すなわち、インターネットの普及によって、新しい用途を開発するためのヒントを消費者の情報によってリアルタイムで得ることも可能になってきている。そのため、Learning-by-Usingを前提としたイノベーション戦略が実現できるようになったとも言える。


参考文献

  • 児玉文雄(1991)『 ハイテク 技術 の パラダイム : マクロ 技術学 の 体系』 中央公論社。
  • 藤本隆宏(2003)『能力構築競争-日本の自動車産業はなぜ強いのか』 中央公論社。
  • 青木昌彦、 安藤晴彦(2002)『 モジュール 化 : 新 しい 産業 アーキテクチャ の 本質』 東洋経済新報社。
  • Rosenberg, N. (1982) Inside the Black box: Technology and Economics, Cambridge University Press. Rosenbloom

今後の参考にさせていただきます。本稿がよかったと思われる方は「いいね」を押していただければ誠に幸いです。

本連載の一覧については、連載『イノベーション戦略と新規事業創出』をご覧ください。

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