連載 第12回 オープン・イノベーション戦略

前回はコアコンピテンス経営などについて説明しましたが、今回はオープン・イノベーション戦略について解説します。

目次

イノベーション戦略と新規事業創出(第12回) 玄場公規

オープン・イノベーション戦略

近年、イノベーション戦略として、オープン・イノベーションという概念が提示され、注目を集めている。チェスブローは、「企業内部と外部のアイデアを有機的に結合させ、価値を創造させること」をオープン・イノベーションと呼び、その重要性を指摘した(Chesbrough 2003)。この定義だけを見れば、当たり前のことを言っているに過ぎないとも考えられるが、チェスブローは、従来の研究開発のイノベーションをクローズド・イノベーションと呼び、その違いを対比することで、イノベーション戦略の変化が必要であると指摘した。すなわち、クローズド・イノベーションは、「成功するイノベーションはコントロールが可能」という信条に基づくものであり、一つの企業内でアイデアを発展させ、マーケティングやファイナンスの全てを実行するという「内向き」の論理を実行させるものだと批判する。そして、この論理は、既に、20世紀の終わりに崩壊しており、巨大企業がイノベーションに失敗する要因は、オープン・イノベーションに適応していないことであると主張する。

その一方で、オープン・イノベーションにおいては、企業は、積極的に外部のアイデア、研究開発成果を取り入れる必要があり、また、自社のアイデア、研究開発成果を商品化する場合にも、自社以外のリソースを活用することになる 。チェスブローは、新しいイノベーション戦略の考え方として、社内には優秀な人材は必ずしも必要なく、自社で基礎研究から始める必要も無い。また、製品を最初にマーケットを出すよりも、優れたビジネスモデルを構築することが、より重要であるとする。さらに、アイデアも想像するよりも、その活用が重要であり、知的財産は、他社を排除するために重要というよりも、他社の知的財産を購入して、自社のビジネスモデルの発展を考えるべきと主張した。

以上がチェスブローの提示したオープン・イノベーション戦略になるが、この戦略が想定したとおりに実現できるのであれば、確かに、研究開発活動が効率化できると考えられる。逆に、クローズド・イノベーションのみを考えることで、競合企業に遅れを取り、あるいは、折角の研究開発成果が死蔵する可能性もあるため、クローズド・イノベーションの欠点も理解できる。実際に、チェスブローは、米国企業のクローズド・イノベーションの失敗事例とオープン・イノベーションの成功事例を詳細に提示している。

オープン・イノベーションを実践するには、企業は積極的に企業関連携を目指すことになる。実は、この議論に関連して、製品・ソフトウェアのモジュール化がある。この議論は、オープン・イノベーションのみならず、幅広く日本企業のイノベーション戦略に重要な論点であるため、以下紹介しよう。

製品・ソフトウェアのモジュール化とは

近年、製品・ソフトウェアのモジュール化(共通仕様化)が進展しているとされる 。モジュール化そのものは、部品・ソフトウェアの連結を可能にするための設計行為の変更である。連結が可能であれば、その範囲で部品・ソフトウェアを自由に開発・設計・生産することができる。それゆえ、数多くの企業の参入が促され、モジュールの性能向上とコスト低減が期待できる。すなわち、モジュール化自体には、イノベーションを促進する上で大きなメリットがある。ただし、ここで重要な点は、モジュール化という設計行為の変更によって、製造企業のビジネスモデルが変化し、さらには、業界構造までも、大きく変化する可能性があるという点である。

モジュール化によって、業界構造が変化した典型例がパーソナルコンピュータ産業である。この産業では、部品・ソフトウェアのモジュール化が進展し、それによって、各企業のビジネスモデルが変化し、業界構造の変革がもたらされた。従来の大手コンピューターメーカーは、コンピュータを組み立てるだけでなく、自社で部品あるいはソフトウェアを開発していた。すなわち、最終製品のみならず、部品やソフトウェアも含めて開発の主導権を有していた。しかしながら、モジュール化が進展することにより、部品・ソフトウェアの専業メーカーが自由に開発・製造できるようになり、世界の市場を席巻するような水平型の業界構造となった。これに伴い、技術開発の主導権は組立メーカーから専業のメーカーに移転し、組立メーカーは製品の差別化が困難になってしまったと考えられるのである。

モジュール化は、パーソナルコンピュータ業界に大きな変革をもたらしたが、その影響は、コンピュータ業界だけに留まるとは限らない。様々な組立製品の分野において、モジュール化が進展すれば、同じような変革をもたらす可能性がある。例えば、ボールドウィンとクラークは、自動車においても、電気機械的システムに関しては、システムを小単位に分割して設計・製造工程を多数のサプライヤーに委譲していることを指摘する(Baldwin & Clark 1997)。つまり、自動車の分野においても、パーソナルコンピュータほどではないが、一部の製品については、モジュール化が進展していると指摘している。

上記のようにモジュール化が進展すれば、幅広い技術分野の開発成果を統合するよりも、コア技術の開発に集中し、それ以外は、アウトソーシングするという技術の「選択と集中」を行う方が効率的になる。部品やソフトウェアの専業メーカーがその典型であるが、最終組立メーカーも最終製品の差別化のためには、差別化できる部分に資源を集中しなければ差別化が困難になる。

そして、従来は、イノベーションの進展の速度が遅かったため、相当の時間をかけて、アウトソーシングの判断を行うことが可能であった。しかしながら、パーソナルコンピュータの事例が示すように、近年では、急速に企業間関係、業界構造が変革する可能性がある。それゆえ、各企業とも、自社に関連するイノベーションを常に注視し、コアとなる技術を見極めて、自社で開発すると同時に、どの部分を戦略的に外部の企業の力を活用するのかを早期に判断する必要に迫られている。

外部の徹底的な活用

製品やソフトウェアのモジュール化が今後も進展するとすれば、国際的に分業体制が構築されることが示唆される。その場合に、自社の研究開発成果だけに依存して、幅広い分野に資源を投入して技術開発を行うことは非効率になることも想定される。逆に、自社の研究開発成果も社外で活用できる機会があれば、自社で活用することに固執する必要は無い。そのため、社外の連携相手を積極的に探索するため、異分野の知識に目を向けるべきであること、また、異業種企業との連携方法などのビジネスモデルが重要であることなど、オープン・イノベーションの考え方は、日本企業がイノベーション戦略を立案する上で示唆に富んでいる。

しかしながら、現実には、多くの日本企業の技術開発戦略として、早期にオープン・イノベーションを徹底的に実行するのは困難である点にも留意すべきである。まず、従来の日本企業の研究開発担当者の多くは、チェスブローの述べるクローズド・イノベーションが当然であると考えているため、オープン・イノベーションの考え方に対して、大きな反発を招く可能性がある。また、オープン・イノベーションを実践する外部要因も幾つかの課題がある。チェスブローは、オープン・イノベーションにおいて、ベンチャー企業やベンチャーキャピタルの役割を重視している(Chesbrough 2006)。また、知的財産権を社外から入手するための公開・非公開の市場の存在とその市場成長の重要性も指摘している。この点、近年、日本においても、研究開発型のベンチャー企業やベンチャーキャピタルなどがイノベーションの主体あるいは支援者として期待されている。しかしながら、未だ、その絶対数および過去の経験に基づくノウハウの蓄積などには、米国に比べて十分とは言えない。また、知的財産権の市場の活性化も望まれているが、米国に比べて、その環境が未成熟であることは否めない。

もちろん、近年、オープン・イノベーション戦略を積極的に採用する日本企業は出てきている。また、積極的に実践するまでに至らなくても、オープン・イノベーションの考え方が徐々に日本企業のイノベーション戦略に取り入れられる可能性は十分にある。


参考文献

  • Chesbrough, H. (2003) Open innovation : the new imperative for creating and profiting from technology, Harvard business school press. (大前恵一朗訳『 Open innovation : ハーバード 流 イノベーション 戦略 のすべて』 産業能率大学出版部, 二〇〇四年)
  • Baldwin, Y.C. & Clark, B.K. (1997) “Managing in an age of Modularity”, Harvard Business Review, 75, pp 84-93.
  • Chesbrough, H. (2006) Open business models : how to thrive in the new innovation landscape, Harvard business school press. (栗原潔訳『 オープンビジネスモデル : 知財競争時代 の イノベーション』 翔泳社, 二〇〇七年)

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本連載の一覧については、連載『イノベーション戦略と新規事業創出』をご覧ください。

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